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第149回  工房の 帰ってきたアイツ

輝豸雄は、暗く長い道を歩いていた。
どれくらい歩いただろうか。
先は見えなかった。
ただ、仄かに明るい足元を見ながら、歩き続けていた。



急に眼の前が明るくなった。
輝豸雄は驚いて顔をあげた。


 「と、 トミノ先生。」

   

「・・・・・・・、・・・・・。」
「せ、先生。一体どうしてこんな処にいらっしゃるのですか?」
「輝豸雄。」
「はっ、ハイ、トミノ先生。」
「こんな処で何をしている。」
「あ、あの。」
「こんな処で止まっていちゃぁダメだ。」
「は、はい。」
「顔をあげて、前を見て、真っ直ぐ歩いて行くと、約束したじゃないか。
 忘れたのか?」
「い、いぇ。先生と約束した事は、決して忘れていません。」
「では、どうしてお前はいま、此処にいるのだ。」
「わ、判りません。  気がついたらこの道を歩いていたのです。」
「いいか、輝豸雄。
 これからもきっと、辛くて哀しい事がお前の前に現れるだろう。
 でも、下を見るな。
 前を見て、真っ直ぐに歩いて行くんだ。 判るな、輝豸雄。」
「は、はい、先生。」
「判ったら、早く行け。 お前のようなヤツが、何時までも此処にいちゃあいかん。」
「わ、判りました。 先生もいつまでもお元気で。」
そう言って、輝豸雄は先生に向かって頭を下げた。











「あれぇ?
 此処は何処だぁ? 先生は何処にいったんだろう?
 それに、、、あんなに暗かったのに、やけに明るいなぁ、此処は。」

  

「こんな事言ってるけど、やっぱり置いていく?」
「まぁ、なんだ、もうちょっと観てようや。」
「そうねぇ。」

輝豸雄の前には、見覚えのある顔が二つ並んでいた。
一人は呆れ顔で、もう一人は優しげに微笑んでいた。

「あれぇ〜、久し振りぃ〜ぃ〜。 どうしたの?そんな顔して?」
「何が、久しぶりよ。
 呆れて言葉も出ないわよ。」
「よぅ、輝豸雄。  すっきりしたかぁ?」
「ん? 何がぁ?
 僕はいつもすっきりだよ。    でも、此処は何処だい?」
「教会よ、き・ょ・う・か・い! で、 あんたの入っているその箱は、か・ん・お・け!
 わかったぁ?」
「 教会ぃ?  棺桶ぇ? ? ? ?」
「そうそう。」


輝豸雄は、二人の顔を見た。
そして、ゆっくりと周りを見回して、、、、、ゆっくり、本当にゆっくりと口を開いた。

「い、今、何時ですか? もしかして僕、1週間くらい死んでた?」

「今は、1月23日。
 アンタは先月の19日からず〜っと死んでたの。
 一ヶ月よ、一ヶ月。    本当にもう、なんにも覚えてないの?」
「そうそう。」
「い、1月23日ぃぃぃぃぃ〜〜〜。」
「そうよ。」
「そうそう。」
「つ〜ことは、、、、」
「ん?」
「?」

輝豸雄の眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そ、それでは、、、、。」
「ん?」
「?」
「ク、クリスマスプレゼントは?
 お、お年玉は?
 お雑煮は?
 初詣は?
 共通一次試験は?」
「終わったよ、全部。」
「とっくにね。」



輝豸雄の眼から溢れ始めた涙は、枯れる事の無い泉の様だった。



”トミノ先生、これでも前を見て歩き続けなくてはいけないのでしょうか?”
輝豸雄の叫びは、決して声になる事は無かったが、
心の中にいつまでもいつまでも響いていた。

                                                   第150回に続く