
ロードス 切り替えの瞬間
はっきり言って私はせっかちである。
プリントアウトはもちろん、ダイヤルアップの時間すらじっと待てない。
だから旅行の1、2日目は、ついつい日本モードであちこちせわしなく歩き回ってしまう。
でもそのうち地元のパターンにはまり、いつしか時計を見ないでぼーっっっっっっと日々を過ごすのである。
ロードスでは、その切り替えの瞬間が明確だった。
朝1番の便でロードスに着いた私は、まずは旧市街を歩き、博物館ものぞいた。
古代遺跡も見つけたし、トルコ時代のハマムも見た。
それでもまだ午後2時半前だったので、さらによくばって丘の上のアクロポリスにも行こうと思い、バス停を探した。
時はオフシーズン。ホテルやお土産屋さんがほとんどしまっているのはとりあえず知っていた。
でもバスのチケット売場にも人がいないとは知らなかった。
なんてことか、ツーリストインフォメーションにも人はいなかった。
ロードスといえば、ヨーロッパのリゾート地として名高いはずなのに、いくらオフシーズンとはいえ、こんなんでいいのだろうか。
バス停の周りをうろうろするうっとうしい私をびしっととめてくれたのは、
ベンチにじっと腰をおろした老紳士だった。
「まあ座んなさい。」
それでもしつこくバスの時刻表を探す私に、老紳士はベンチを指さしていった。
「まあ座んなさい。」
「バスのチケットどこで売ってるの? 時間は?」
リュックをしょったまま腰をおろし、せわしなくしゃべる私に老紳士はいった。
「まあ座んなさい。」
とりあえずリュックを降ろした私は、老紳士と一緒に待つことにした。
10分たち、20分たってもバスは来ない。
ここで不思議な時間が流れた。
普段ならとっくにいらいらしてなにか始めてるころだけど、私の気持ちはなぜかいきなり
のんびり旅行モードに切り替わっていたのだ。
しばらくここでひなたぼっこするのもいいかもね。
日暮れまでにバスが来なくてこなくも別にいいか。
そのうち老紳士の友だちが現れたけど、たいして話すわけでもなく、
3人はベンチでじーっとひなたぼっこしていた。
1時間近くたったころ、1台のバスがやってきた。
「このバスじゃない」といいながらも、足の悪い老紳士は杖をついて、
バスの運転手になにやら聞きに行った。
「バスはあと10分で来る」
え? そんなことのために歩いてくれたの?
私はすっかりのんびりモードになっていたのに、申し訳ないったら。
本当に10分でバスが来た。
乗客は私一人。老紳士2人が運転手に私の行き先を懸命に伝えてくれたので、
まるでタクシーのようにアクロポリスに到着してしまった。
のんびりモードになって初めてわかる町の人たちの気持ち。
あわただしく動き回る日本人は、さぞ迷惑だったことだろう。
そのときを境に、私の行動は変わった。
翌日、かつてヘリオスの巨人像の足があったかもしれない港の先端で
午前中いっぱいひなたぼっこしていたのは私である。
夕方、トルコが見えるエーゲ海の浜辺で、日が沈みきるまで海を眺めていたのも私である。
さらにその夜、レストランで食後のお茶を飲みながら読書していたら、
いつのまにかお客が誰もいなくなり、閉店間際にケーキをサービスしてもらったのも私である。
日本に帰ってから、仕事に復帰するのは大変な苦労だった。
1997/1/3