カルタゴ 乾いた丘

「フェニキア人」(河出書房新社)「カルタゴ興亡史」(白水社)を読み終え、「ローマ人の物語2」(新潮社)を手にしていた私は、カルタゴではその地に立つごとに、時代風景を思い描こうと心に決めていた。ビュルサの丘では、最後にスキピオに慈悲を求めたハスドルバルの妻は、子供たちの手を引いて火の中にとびこんだという。そんなカルタゴの様子を現地で・・・・・。
そのカルタゴは、思いがけずリゾート地だった。というか、高級住宅街に遺跡が点在しているのだ。せっかくのリゾートだもの、遺跡を歩き、疲れたら海が見えるカフェでお茶を飲んだり本を読んだりしよう。そんな理想のような遺跡巡りを想定して出かけたのだった。

ローマ人の住居や円形劇場などを訪ねた跡、今回のメインイベント、ビュルサの丘を目差し、ひたすら歩き続けた。基本的にタクシーは極力使わないのが私の方針。深い理由はなくケチなだけなのだが。しかし、カルタゴは想像以上に気温が高かった。そして、高級住宅&別荘街であった。カフェもコンビニもみあたらないのだ。丘への近道を見つけて登った頃には、すでに水はボトルの3分の1以下。
最初にルイ聖堂に入ると、そこにはカフェがあった。しかしここでのんびりするのはなんだかもったいない。せっかくだから博物館内のカフェで・・・・・。だが、博物館にカフェはなかった。いったん博物館の門をくぐると、館内はもちろん、ポエニの住居跡も全部見ないと出るわけにはいかないのだ。いや、あとで考えると、1日共通券なので何度でも出入りできるはずだが、そのときの私は全く気づいていない。
しかも時間は正午。歩いたせいかお腹もかなりすいている。リュックに入っていた、エールフランスの小さなビスケットと残り少ない水で飢えをしのぐ。当たり前だがちっともたりやしない。そんな体調でポエニ住居を歩き回る。
水路や貯水槽がきれいに残っている。こうして水をためてたんだなー・・・。最後に立てこもった人たち、水は足りただろうか・・・。塩なんかまいたらのどが渇きそう・・・・。
渇いているのは私だ。身の危険を感じるほどに。ビュルサの丘はかつて・・・・・どころではなく、ふらふらと博物館の門を出た。するとそこには、飲み物屋台ができていた。ラッキー! ファンタを一気のみした私は、とりあえずお腹を満たそうとレストランを探し始めた。

丘を降りたところにピザ屋さんがあった。オリーブと唐辛子を煮詰めた調味料が小皿に盛られていて、やけにうまい。たっぷりとピザにつけて食べた。しかしこれも迂闊だった。次の遺跡を訪ねる前にまたものどが・・・。まだ水を手に入れていないというのに、しょっぱさからくる乾きは、さっきのに比べてペースが早い。水を求めて店を探すうち、次々と遺跡に到着する。もうたまらん、タクシーを使おう、と思うときに車は全く通らない。

ポエニの軍港でもなにかしら感動するはずだった。港の復元図を見ては・・・水、釣り人を見ては・・・水、あー水がほしいっっっ!!!! 本日の予定の遺跡を全部見た後、ようやくたどり着いたサランボー駅周辺は、この地一番と思われる繁華街だった。小さな売店に水も食料もある。

アラビア語もフランス語もわからないが、得意のジェスチャーで水を買い求めた私は、踏切前でごくり。ホームでごくり。そして電車に乗ってほっと一息。が、なんとなく頭がぼんやりして目の前が暗い・・・。やばい、脱水症状だろうか・・・。後で考えると電車の中でサングラスをはずし忘れていただけだと思うが、そのときの私は全く気づいていない。電車を降りてとにもかくにもごくり。まだ足りないと感じ、アミルカル駅で降りた後、駅横の売店で1.5リットルボトルを購入した。

夕陽に輝くホテルのビーチ(さほど高級ホテルではないがプライベートビーチがある)で、足をぴちゃぴちゃ海水につけているころ、私はようやく冷静を取り戻した。明日はボトル2本持ち歩こう。

どんな街も、開拓者はまず水の確保から始める。カルタゴに到着したフェニキア人もきっと・・・・。カルタゴはそんなことを考えさせる街だった。

1999年9月30日