ボアズカレ 赤い指の女
| 雨上がりの夕暮れ、ぶらぶら歩いていた私を、一人の女の子が家に招いてくれた。サルトゥは英語を習い始めたばかりの15歳。単語を並べるだけだけど(私もあんまり変わらないけど)、全く英語を話せない両親を前に、教科書片手に立派に通訳を務めるのだ。私のトルコ語辞書もなんと活躍したことか。 | ![]() |
彼女の手の爪は先端だけがちょこっと赤くて、なんだかとってもキュート。よくみると、ちょっと小錦体型で水戸泉顔のお母さんの爪も、先っちょが赤くてとってもキュート。「かわいー!」とうらやましがっていると、いきなり私にもやってくれることになった。マニキュアではないようだけど、実にかわいいお化粧だ。
サルトゥが持ってきた小さなボールには、緑の粉を水で溶かしたものが入っていた。あ、これはガイドブックに載っていて、あちこちの市場で見かけたことがある「ヘンナ」だ。しかし彼女は違うという。「クァェンナ」という、日本語では絶対に表記できない言葉だった。なんだかわからないけどまあいいや、と爪を差し出すと、彼女はその粉を指の第一関節がすっぽり隠れるくらいに塗りはじめた。爪の先を染めるのに、こんなにたくさん染料を使うのか……と、その時はなぜかそう思っていた。
全部の指に染料をたっぷりつけると、次は手のひらにも花模様を描き、「1時間くらいじっとしてなさい」と、指に脱脂綿をかぶせてくれた。そのころになってようやく、ひょっとしてこれは爪も肌も、指先全部赤くなるのでは……と気づき始めた(遅すぎ)。そういえば、秋にトルコを旅行したとき、指先が赤茶色の女性をたくさん見かけた。その時は綿の刈り入れシーズンだったこともあって、あれはきっと綿の灰汁が手について染まったんだろうと勝手に解釈していたのだ。ガイドさんがいない旅行はえてしてこんなもんで(そうか?)、勝手な解釈が事実として記憶に残るのだ。あれは実はこれだったのかー! そして、サルトゥとお母さんは、ずっと前に染めたのが先端だけ残るほどに爪がのびたのだー! 難解なミステリーが解決したときのように、なんとすがすがしい気分だったことか。(単にものを知らないだけだったと今は思う)。
脱脂綿をつけた手のまま、15歳の少女と一緒になってあちこちの部屋をどたばた駆け回り、ちっともじっとしていない私に、お母さんは「もうとってもいいよ」と優しくいってくれた。まだ45分くらいだったけど、洗ってみると私の指先は見事にオレンジ色に染まっていた。手のひらにもちょっと不格好な花がちゃんとある。やったー!の合図にサルトゥと私はお互いの手をパッチン。夜も更けたというのにでっかい声で大はしゃぎ。
少し大人を取り戻して、やっぱりこれは「ヘンナ」じゃないのかともう一度尋ねたが、違うという。「クァェンナ」なのだ。私は再びひらめいた。チンギス・「ハン」か「カン」かわからないのと同じで、日本語で書くとこれは「ヘンナ」なのだ。だがもしかしてボアズカレの訛では? 一応疑いを持った私は後日イズニックで聞いてみたが、やはり「クァェンナ」だった。そして大都市イスタンブルでも「クァェンナ」といわれてしまった。他の国でこれをどう呼んでいるかは知らないが、トルコのガイドブックに書いてある「ヘンナ」は間違いじゃなかろうか。「クンナ」か「ケンナ」のほうがなんぼか近い。
翌日、アンカラに向かった私の指先は、赤色が増してヨードチンキをいたずらしたようになっていた。でも指先だけトルコ人に近づいたようでウキウキしながら街を歩いた。しかし、周りを見ても指が赤い人はいない。そういえば前に指が赤い人を見かけたのは田舎の方だけだった。アンカラやイスタンブルの都会ではもうやらない風習なのかも? しかも今はとんでもなく季節はずれなのでは? さらにしかも、爪がのびきるまで色が消えないってことは、日本に帰ってもこの指か?
いろいろ思うことはあったが、いろんなトルコ人に「チョクギュゼル!(すごくいいよ)」と言われたのでいいことにした。サルトゥのようにかわいい爪になる日は来るのだろうか。そして日本の友人や仕事仲間は、「チョクギュゼル」と言ってくれるだろうか。むらむらのヨードチンキ色だけど……。
1997.6.4