CD『サウダーデの彼方に』ライナーノーツ

湯淺 隆

2008年

1.銀色オリエント
A Revolucao da Ilha da Prata
作曲:湯淺隆

本来ポルトガルギターは、もっぱらファドを弾くための楽器である。また、本来ファドは、ポルトガル人のものである。従って、私のような外国人は、本来純血のポルトガルギター奏者にはなり得ない。しかし、だからこそ、逆にポルトガルギターを、音表現のツールとして駆使し、自由に弾くことは、本来的に何ら規制のかかるものではない。むしろ、その許された自由に果敢に挑み、自身の限界を思い知ることで、本来のポルトガルギターをより深く理解することが出来るのではないか…。この曲は「南蛮渡来」「航海王子」「ユーラシアン狂詩曲」「アトランティック・ロマ」以来の歴史ロマン・シリーズ。ポルトガルギターを音表現のツールとして、東洋人のイマジネーションの連鎖が紡ぎだした作品である。

2.紅い幻 〜澳門ファサード
Fado Oriente
作詞・作曲:湯淺隆

哀愁のポルトガルギターが、和漢洋の情感織り交ぜて狂おしく歌う。マカオ観光局インセンティブCDには歌/古川真帆でも収録。歌詞は、1835年に大火で焼失した世界遺産・聖ポール天主堂跡に残されたファサード(石製の正面の壁)をイメージしながら、時を越え語り継がれる物語と変わらぬ情熱とは何かを問いかけた。見方を変えれば、団塊の世代へのメッセージでもある。
1)
紅い夢を見た 燃えて空に咲く 銀色、海は光る 亡くした希望(ねがい) 名もない星になる
貴方、聴こえますか? 紅く散った日を 貴方、今はどこに? 私はあの日の姿で待ってます
いつか出逢える 時を越えて はかない命を 束の間 懐かしんで
燃えろよ 焦がせよ 一期に 狂えよ 夢よ もう一度 
2)
紅い夢に散る 燃えて空に舞う 海よ、忘れないで 亡くした希望(ねがい) 夜空に煌めいて
いつか出逢える 時を越えて はかない命を 束の間 懐かしんで
燃えろよ 焦がせよ 一期に 狂えよ 夢よ もう一度 貴方、聴こえますか?

3.暗いはしけ
Barco Negro
作詞:D.J.Ferreira 作曲:Caco Valho

言わずもがなポルトガルを代表する世界の名曲。原曲では冒頭の「リフ」が有名。ところで「リフ」とは、楽曲を聴衆に印象づける為の最もコストパフォーマンスが高い技法である。およそ名曲といわれる楽曲の多くは、その定石を踏まえており、逆に言えば、その定石を踏まえつつ作曲すれば、名曲により近づける。「暗いはしけ」という楽曲は、正確にはファドとは言い難いのだが、きっとファドというジャンルを(当時のアマリア・ロドリゲスの語録からも伺えるように)世界の名曲たらせしめんと願う思考錯誤の結果が、この曲とアレンジを選択させたのであろう。今回、ファド歌手・羽根田ユキコのサゼッションにヒントを得て、不敵にも原曲の「リフ」を違うアレンジに変えながら、当時のファディスタやギタリストが感じていた「リフ」に対するセンスとは、何であったのだろうかと、アマリアに始まる現代グローバル・ファドの起源に思いをはせた。

4.占星術 〜プロローグ/長耳の星占師〜
A Astrologia〜As Orelhas Compridas〜
作曲:湯淺隆 編曲:トレモロ兄弟。

作・別役実の童話「星見のやぐらの立つ街」 朗読・日色ともゑの為に。マリオネット不思議世界の真骨頂。2009年、世界天文年に向けて作曲。物語は、三人の星占師が砂漠の街を救うといった内容だが、全篇を通じて別役トーンとでもいうべき、透き通ったテンションコードのような響きが流れ、形而上学的で独特な雰囲気を醸し出す。ダイアローグには、限りない蒸留を繰り返す自浄装置のような仕掛けがあり、読み込むほどにテクストは具体性を超え、抽象の世界へ広がりを見せる。曲は、その風景に学びながら、満天の星空を地に寝そべり仰ぎ観て、星たちのパノラマ移動に、まさしく、いにしえの天動説を実感しながら、背にした我がふるさと地球の地動の響きに耳を澄ます天文観測の一夜を表現した。ポルトガルギターとマンドリュートの各フレーズは、動いているもの同士の共存の象徴。命あるものは、つねに動いているのだ。もし、宇宙の動きが永遠で、その一部が我々なら、この現世の命が果てようとも、我々は動きを止めることはない。つまり、全ての命は永遠なのである。

5.アルファマの情事
O Romance na Alfama
作曲:湯淺隆 編曲:トレモロ兄弟。

「アルファマ」とは、ポルトガルの旧市街地名。ムーア人が支配していた頃の面影を残し、迷路のような石畳の坂道が続く。又、大辞林で「情事」は、(1)恋愛に関する事柄。いろごと。(2)事情。ありさま。さても、情なる事々は、往々にして社会生活からの逸脱で、たがわず情事の沙汰においては、人は皆、迷子となる。追っているのか追われているのか?危ういスリリングな駆け引き。往くも地獄、帰るも地獄。しかも、立ち止まれば情念に悶え窒息だ。かくして、この世はゴチャゴチャともめごとが絶えない有様…。作曲者クレジットは便宜上「湯淺隆」ではあるが、このCD全般において、編曲「トレモロ兄弟。」とある楽曲は、その「長男。吉田剛士」と「義兄。海井之善(オフィス・マリオネット・マネージャー)」の協力なくしては、ゴチャゴチャとした制作過程を乗り切り、作品として成立し得なかったことを「小父。湯淺隆」として明記しておく。

6.マンドリン酒場の夜 〜「トレモロ兄弟。」のテーマ〜
Welcome to Cafe Mandolin
作曲:湯淺隆 編曲:トレモロ兄弟。

初演は2008/7/19「マリオネット・マンドリンオーケストラ/2ndコンサート(於/吹田メイシアター大ホール)」指導・指揮の吉田が舞台からこの曲の説明をした時、1100余名の会場が「マンドリン酒場」という聞き慣れない言葉に一瞬沸いた。「しめた!」正直、私はそう思った。それもそのはず、「マンドリン酒場」とは作曲者の私の造語なのである。しかも、この曲はオフィス・マリオネットが次期に企画している「トレモロ兄弟。」というマンドリン・ユニットのテーマ曲でもある。「トレモロ兄弟。」の正体は、まだ極秘だが、マンドリンを愛する人々全てから歓迎される爽やかな風になればと思っている。少しだけ正体を明かすと「トレモロ兄弟。」の演奏は「マンドリン酒場。」の夜に行けば聴ける。しかし。残念だが。その店の場所も。しばらくは極秘である。

7.黄昏のビギン
Tasogare no Beguine
作詞:永六輔 作曲:中村八大

マリオネットのライヴCDを収録した大阪・北新地のオーセンティック・バー「SAMBOA(サンボア)」のカウンター酒飲み仲間のひとり、我が大兄・通称ロン須藤氏曰く、「この曲に反応する世代が今の時代のキーマンなんだ」と。然り、広く才ある経営者たる氏の意見は、世情に沁みた多数の心をよく捉え、およそ稼業の異なるギター弾きにも上質な示唆を与えてくれる。曲はご存知、昭和歌謡の金字塔。もとは水原弘が歌ったが、ファドにも果敢に取り組んだ、ちあきなおみの名唱も忘れがたい。楽曲分析の結果、中村八大と永六輔の曲作りの品格に恐れ入る。近頃の饒舌なゴタクを早口で捲くし立てる頭の悪いブログのような高音熱唱系ラブソングとは、およそかけ離れた節度ある「恋心」が、匂い立つようなエレガントさで歌われる。やはり、この国の都市風土には忘れてはいけない情感と情景があり、世代を超えて守らなくてはならない大切な心があるのだ。果たして、その気づきの現場では、己が品格の断罪も受けよう。しかして、格を量られ我が正体の貧しさが暴かれようとも、得るものは大。今を品格高く生きるという豊饒な時が、我が空虚になだれ込むのだ。これは、決して酒飲みのゴタクではないと自負している。

8.丸目の星占師
Os Olhos Redondos
作曲:湯淺隆 編曲:トレモロ兄弟。


9.水都ワルツ 〜天神橋花供養〜
A Valsa para Osaka
作曲:湯淺隆

大阪は水都である。何処へ行くにも、橋を渡らなくてはならい。水面に散った花よ、答えてくれ。おまえは流れ流れて、最後は何処へたどり着くのか。たどり着いたら、また命を結ぶのか…。以下は仮の歌詞(湯淺)だが、必ずしもメロとは同期していない(あしからず…)ちなみに天神橋は、我がオフィス・マリオネットから徒歩7分である。
1)
消えてしまった 逝ってしまった 届かなくなった 終わってしまった
愛しい君よ 愛した日々よ 二度と帰らぬ 終わってしまった 祈る言葉もなく 手向ける花は 紅く紅く 夢 咲かせ 花流れ 花はゆく 何処へゆく… 花よ答えて たどり着いたら 命むすんで また咲くのか 愛しい君よ 愛した日々よ 二度と帰らぬ ララライラララ〜
2)
水に流され 冷たく流され 流れ着いても 渡りきれない 愛しい君よ 愛した日々よ 二度と帰らぬ ララライラララ〜 祈る言葉もなく 手向ける花は 紅く紅く 夢 咲かせ 花流れ 花はゆく 何処へゆく… 花よ答えて たどり着いたら 命むすんで また咲くのか 愛しい君よ 愛した日々よ 二度と帰らぬ ララライラララ〜

10.花だより 〜ぶうげんの唄〜
As Flores para Sempre
作詞・作曲:湯淺隆

新宿歌舞伎町・沖縄料理店「ぶうげん」のママが、生死の淵を彷徨う事故に遭われた。なんとか助かってほしい…。そんなとき、口をついて出たメロディー。「花だより」とは「ぶうげん」が、発刊する小冊子の名でもある。最後に収録された子供たちのコーラスは、座間市「麦っ子畑保育園」の園児の皆さん。園長の大島貴美子さんと指導の先生、ご父兄の皆さん、そして、何より園児の皆さんのご協力のもとにこの録音が実現した。この場をかりて、ご厚意に深く感謝致します。
1)
花咲いて 夢生まれ 花散って 生まれ変わり 春が来て つぼみつけて サヨナラ 花咲いて
あなたと出逢えた あなたを愛した みんなと出逢えた みんなを愛したァ〜
花咲いて 夢生まれ サヨナラ いつまでも
2)
花が降る 星空に 花がゆく 永遠の日 春が来て 生まれ変わり サヨナラ 花咲いて
あなたと出逢えた あなたを愛した みんなと出逢えた みんなを愛したァ〜
花咲いて 夢生まれ サヨナラ いつまでも 
3)
花に訊く 明日のこと 花に問う 昨日のこと 春が来て 今を見つめ サヨナラ 花咲いて
あなたと出逢えた あなたを愛した みんなと出逢えた みんなを愛したァ〜
花咲いて 夢生まれ サヨナラ いつまでも ラララララ〜ラララララ〜(8小節)
いつまでも いつまでも サヨナラ 花咲いて

11.お聞き子供たち
Os Filhos, nada que mais Precioso
作詞:ヒロコ・ムトー 作曲:吉田剛士

劇団・目覚時計のミュージカル「ゴールド物語」「猫の遺言状」「幸せ・猫」(原作/ヒロコ・ムトー)から。残念なことに再演のめどが立たない作品だが、せめて歌モノとしてお聴き頂きたく…。

お聞き子供たち 私の宝物 何よりも大切な 私の宝物
お前たちと歩いた時間が どんなに私を幸せにしたか お前たちと過ごした時間が どんなに私を癒してくれたか
お聞き子供たち 旅立つ日が来ても それぞれの夢抱いて 信じた道お行き(間奏)
ひとはいつも いくつもの夢を 追いかけながら さまようけれど
お聞き子供たち 離れて暮らしても 何よりも大切な 私の宝物
おまえたちと過ごした時間が どんなに私を 幸せにしたか
お聞き子供たち 家族というものは 時を越え帰り着く 心の港

12.赤鼻の星占師
O Nariz Vermelho
作曲:湯淺隆 編曲:トレモロ兄弟。


13.花降る午後のマンドリン 〜祇園にて〜
O Bandolim a Tarde Eferma
作曲:吉田剛士 編曲:トレモロ兄弟。

今回のCDは、いくつかの楽曲の為に、その内容に合わせた写真を撮り、CDのみならずポストカードとしても出版することにした。撮影は、京都在住のフォトグラファー森田容実。柔らかな眼差しで、確かな瞬間を捉える若き才能だ。この曲の為のロケは京都・祗園。品のある実にいい写真が撮れた。祗園は日本の情緒の集積回路とでも言うべき特別なところ。しかし、グローバルな視点で、その景観を眺めると、何ともモダンな空間にも観えてくる。やはり、時代を超えるものが、この街にはある。曲のコンセプトは、絢爛豪華、可憐なるトレモロ。めくるめく展開の切ない旋律は、無常の現世に束の間の生を得て咲く花の命を表現。編曲は来るべき「トレモロ兄弟。」の為のものを、今回は、その「長男。吉田剛士」の独りマンドリン合奏で。「トレモロ兄弟。」入魂の編曲は必聴。「長男。」の技が冴える。

14.桜ララバイ 〜東京カーボ・ヴェルデ/tokyo cabo verde〜
Tokyo Cabo Verde
作詞・作曲:湯淺隆

ファド歌手・香川有美の為に書き下ろされた曲だが、今回はメロディーをマンドリンで。多重録音アレンジの妙をお聴きあれ。(cabo verde共和国/セネガル沖450kmの大西洋に浮かぶ島々からなる国、1975年にポルトガルの植民地から独立。文化的にもポルトガル最南端・アフリカ最北西端・ブラジル/中南米最東端の地。三つの文化が混じり合う)
1)
恋した男が死んだ 想い出だけ帰った 愛した女は泣いた 想い出に抱かれて
散るサダメの花 サダメこそあはれ 花に抱かれ冷たく咲く、ララバイ
はらはら闇に舞う 夜露に花も濡れ からだひとつ こころさまよう
サクラ サクラ 花びら揺れて サクラ サクラ 咲いて哀しい
2)
愛した男は言った あきらめなきゃ負けない 信じた女は泣いた 裏切りのサダメを
散るサダメの花 サダメこそあはれ 花に抱かれ冷たく咲く、ララバイ
ゆらゆら闇に舞う 夜風に花流れ からだひとつ こころさまよう
サクラ サクラ 花びら揺れて サクラ サクラ 咲いて寂しい

15.ファディズム 〜ぽるとがる幻想U〜
A Margem do Fado
作曲:湯淺隆

一番近くて届かないところが、一番遠いところ。例えば、若くして逝った友の笑顔。一番遠くても届くところは、一番近いところ。例えば、幼い頃の写真から滲み出す懐かしい想い。しかして、逆もまた真なり。近くて遠いは、遠くて近い。そして、この曲では遠くも近くもなく、ただそこにあるところに言及した。何故か?ただここにいることを大切に思いたいから。この曲を「これでいいのだ」が決め台詞だった「天才バカボン」のパパに捧げます。

16.晴れたらおいで 〜ただいま自分。そして、サウダーデの彼方に〜
Bom Dia! Saudade
作曲:湯淺隆

ほんの少し元気がほしい そうすれば 希望が見えてくる ほんの少しやさしく生きたい そうすれば 愛を信じられる ほんの少し美しくなりたい そうすれば きっとあの人が微笑んでくれる そうなれば 笑顔に光がさしてきて 夢見る力が湧いてきて みんなみんな ほんの少し幸せになる そして ほんの少し勇気が出たら サウダーデの彼方を歩いてみよう 朝はきっと 新しい未来を連れてきてくれる ただいま自分 おはよう!私のサウダーデ

17.菫kawaii
Kawaii
作曲:湯淺隆

盛夏、緑が萌える山里の清流にさらされた一反の菫の花布が、陽光に輝きながら水流にゆらめいている。気がつけば、向こう岸にさっきまでいた可憐な少女が、いつの間にかいなくなっているではないか。清流の菫の花布は、花だけが光の中を泳いでいる。少女はどこへいったのか?いや、少女は本当にいたのだろうか?
「清流にさらされし一反の花布 彼岸の少女立ち去り 花、光を泳ぐ」


(注)タイトル横文字表記で、ポルトガル語等のアクセント記号が表示されないため、通常アルファベットのみの表記となっています。正しい表記は、CDのライナーノーツでご確認ください。