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第3回
愛唱歌の登場を望む

 「紅白歌合戦」を見るときに何を一番注目するか。衣装も気になる、舞台も照明もチェックしなければならん、でも、何よりも楽しみなのは、もちろん歌そのものです。今年流行したあの歌を、最高にショウ・アップされたかたちで聴ける喜びは、何にもまさるものです。

 「歌が楽しみ」というと当たり前のようですが、案外そうでもない。一時期は、「紅白」というと、そこで歌われる歌はさっぱり話題にならず、雑誌などでも「だれがトチった」とか、「だれが転んだ」とか、それぐらいしか書くことがなかったころがありました。

 いつごろかというと、1984年に都はるみが引退してからしばらくです。この年はNHKホールに移って以来では最高の視聴率(78.1%)を取りました。ところが、男性演歌歌手が歌の途中で歌詞を間違えて笑いながら謝ったり、司会のアナウンサーが致命的な失言をしたりして、「紅白」の評判を落とした年でもありました。

 折から、コンパクトディスクやヘッドホンステレオの普及と相まって、音楽の好みが個別化し、「国民的なヒット曲」が生まれない状況が出てきました。「紅白」の視聴率もみるみる下がり、89年には47.0%と、50%を割ってしまいました(関東の場合。関西は87年に割っている)。88年には昭和天皇病篤のための「自粛ムード」もあって、暗い照明を基調とした舞台となり、確実に視聴率を引き下げました。僕は、この時期を「紅白冬の時代」と呼んでいます。

 「冬の時代」の「紅白」をビデオで見直してみても、国民的愛唱歌といえるものは数えるほどしか入っていません。たとえば、85年にレコード大賞を取った中森明菜「ミ・アモーレ」でさえ、訴求力不足なのです。「ミ・アモーレ」なんて、いったい今歌える人がどれだけいるでしょうか(僕は歌えますけどね)。

 この時期を支えたのが、じつは小林幸子でした。残念なことに歌でではなく衣装ででしたが。彼女の衣装は80年代半ばから徐々に派手になり、85年に「十二単」、翌86年は「クレオパトラ」とエスカレートしてゆきました。91年には鳥となって空を飛ぶまでになり、演出は頂点に達していました。ヒット曲なき時期の「紅白」の視聴者を、彼女の衣装によってつなぎ止めていたともいえます。今では「風物詩」とさえいわれる小林幸子の衣装と装置は、ある意味では「紅白冬の時代」の遺産でもあります。

 「紅白」が息を吹き返したのは、90年になってからと考えます。ボーカル吉田美和の圧倒的な歌唱力でDreams Come Trueが登場したのは1つの事件でした。この年の「紅白」では、バンドブームのさきがけとなった、たまの「さよなら人類」ばかりか、アニメのテーマ曲としてだれもが知っていたB.B.クィーンズの「おどるポンポコリン」なども歌われ、僕も「国民的ヒットが帰ってきた」と実感しました。小林信彦氏は「この年の「紅白歌合戦」は打ち切りが噂されていた暗いもので」と書いていますが(『喜劇人に花束を』)、僕の感じ方とは異なります。

 この年以降、「紅白」の視聴率は安定期に入りました。ドリカムや米米クラブ、X JAPANといった強力なバンドが出てきたこともありますが、最大の貢献者は、じつはカラオケボックス(88年出現、数年後にブーム。94年に通信カラオケ登場)だったでしょう。94年以降は、良くも悪くも小室哲哉ファミリーの活躍が無視できません。trf、篠原涼子に始まり、安室奈美恵、globe、華原朋美……と、花園の花が咲いたようになりました。

 ところが、97年末の安室の産休で、小室ファミリーブームは一応の区切りを迎えたかに見えます。「小室哲哉がポップス界を席捲して荒らしまくり、去っていった後には草も生えない」という批評をする人がいます。もしそれが当たっているならば、牽引役としての小室哲哉がいなくなったあとで、次の音楽状況をリードして、新しい国民的ブームを作れる存在が必要になってきます。いったい、そういう人がいるのでしょうか。

 GLAYやB'zのアルバム売り上げが、不倒記録といわれた「およげたいやきくん」を抜いたといいます。またSPEEDやMAXなど、沖縄アクターズスクール勢も元気です。しかし、彼らだけでは、今の音楽状況の牽引的立場を担えるとまでは言えないでしよう。もしかすると、長引いている今の不況にも似て、いまや歌謡界は不安定な時期を迎えているかもしれないのです。何より、広く歌われる「愛唱歌」が減ってきているのではないか。

 98年の時点で、僕自身の愛唱歌は、ブラック・ビスケッツ「Timing」をはじめいくつかあります。「Timing」は、民放の番組でヒットしている曲ではありますが、「紅白」でも歌ってほしいものです。このほか、T.M.Revolutionも頑張っている、ウルフルズも大好き、Kiroroも新鮮。しかし、まだまだみんなで歌える愛唱歌が不足している感じです。

 「紅白」の面白さと、国民的愛唱歌の多い少ないは密接な関係があります。だれもが知っている歌が多い年には、NHKの人も、演出に苦労せずにすむだろうと思います。

(1998.10.18)


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