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98.10.15

ついつい出る方言

 壺井栄が方言と気づかずに「あいよせ」を使ったかもしれぬという前回の話に関連します。
 今、平山輝男氏の『日本の方言』(講談社現代新書)をちびちび読んでいるところです。
 もう30年も前に出たのですが、初心者向けで、大学生にちょうどいい本だと思います。方言については素人の僕にとっては、いろいろためになる話が書かれていました。特に、方言と気づかずにそれを用いて行き違いを起こした例を、北から南まで集めている個所(p.52以下)は興味深いです。
 たとえば、福島県会津で、生徒たちを川原へ引率していた先生が、途中で校長先生に会ったので、「みんなマガレよ!」と言ったら、東京出身の生徒が十字路を曲がって走り出した。じつは「マガレ」は「お辞儀をせよ」の意味だった。
 また、高知県出身の青年が東京の中学で教えていて、「皆さん本をタテなさい」と言ったら、みんなが本を縦にした。「タテル」は高知方言であって、「閉める・閉じる」の意味だと言うことに気づかなかった。等、等です。いずれも、著者が方言調査の際に見聞きしたエピソードです。
 見坊豪紀『ことばのくずかご』(筑摩書房)にも、この手の話があります。
 北海道で、ある流れ者が「労働作業が辛い」と話していたら、津軽出身の仲間が「馬鹿臭え話だ」と言ってけんかになった。じつは、「馬鹿臭え」は「くやしい」の意味だった。また、岡山県で「おヨメさんにやってくれ」と人がくれた団子を四国出身の新妻が食べて死亡した。「おヨメさん」はネズミのことで、団子は毒団子だったのだ。などなど。見坊氏の挙げた例は、雑誌などから収集したものです。

 かくいう僕も、ついそれと気づかずに方言を用いた経験はあります。
 18歳で香川県高松市から上京して間もなく、中野のスーパーマーケットで買い物をしていた。すると、近くで、男の子が棚から飲み物のびんを取ろうとして下に落としてしまった。床に液体が広がっています。
 僕は店員の男性をつかまえて、

 あのう、むこうで子どもが飲み物をマイていますよ。

と告げた。その時「えっ?!」と驚いた店員の顔が今でも印象深い。こういう言い方だと、子どもが飲み物を振り回して、そこら中に液体を飛ばしている情景が目に浮かぶ。しかし、香川全県で「こぼす」ことを「マ」というのです。「こぼれる」は「マル」。
 もう一つ。
 これは、人との会話ではないのですが、大学3年の冬、授業中に文芸雑誌を読んでいました。それが教授に見つかり、雷が落ちた。当時、僕は日記を付けていて、そこにはこう書いてあります。

 「君何読んでるの。外へ出なさい」とオッカレタ

 さすがに、この「オッカレタ」は東京のことばでないと知っていたのですが、少なくとも、「あかん」「しんどい」などのように関西圏の共通語だろうと思っていました。しかし、これも香川方言で「叱られた」の意味です。古くは「オゴカレタ」であり、その変化と思われます。あとで日記を読み返して、はっと気づいた次第。


関連文章=「向田邦子のことば

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