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98.09.21

カセット・コーダー

 以前ふれた小林信彦著『オヨヨ島の冒険』で、「カセット・コーダー」なる不思議なことばが出てきたと書きました。とりあえず原文を示すと、

 車掌が小さなトランジスター・ラジオみたいなものを持ってきた。
 「なんだろう?」
 ニコライがスイッチを入れる。小型カセット・コーダーらしい。
 「お早う。ニコライくん……」と太い声が言った。(1974.09初版・角川文庫 p.36)

というようになっています。
 これは「カセット・レコーダー」の間違いではないかと思いました。事実、新版ではそうなっている。ところが、岡島昭浩氏より、「テープコーダー」が『角川外来語辞典』に載ってるとのご指摘をいただきました。
 慌てて見てみると、なるほど、次のように出ています。

テープコーダー tapecoder】テープレコーダーの1トレードネーム.〔略〕「テープコーダーは英語ではありません.テープコーダーは東京通信工業製テープレコーダーの固有名詞です.テープレコーダーのことをテープコーダーといって通る程,この録音機は有名品です」『中日(広告)』1954.8.15
(『角川外来語辞典 第二版』1977 p.783)

 恥ずかしながら、僕はまったく知らなかったのですが、1950年代には「テープコーダー」は「有名品」だったようです。製品としては1952年に東京通信工業(今のSONY)から出ています。しかもこの「テープコーダー」および「カセットコーダー」は、今に至るまで、SONYの現役の商標として使われているようです。
 しかし、それにしては僕は知らなかった。と、威張ることでもないけれど、ほかにも知らない人はたくさんいるでしょう。少なくとも今は「有名品」とはいえないんじゃないか。
 商標が一般名詞化するのはよくあることで、ニチバンの「セロテープ」、内田洋行の「マジックインキ」、古いところでは理髪店で使う「バリカン」が、フランスはバリカン・エ・マール社の製品だ(金田一京助説)、などいろいろありますが、「テープコーダー」は、そこまでの勢力はないように思います。SONYの製品でそういう使われ方をしているのは、むしろ「ウォークマン」でしょう。
 ところが、昨日も触れた外山滋比古氏の文章をふとみると、出ているんですね。「講演を録音する聴衆が気に入らない」という話で、

 もっとおもしろくないのは、テープに録音する人たちだ。このごろはカセット・コーダーの小型で性能のいいのがあるらしく、それで録音をとる。なかにはカセット・コーダーにきかせたままご本人はこっくりこっくりやっていて、テープが終ってブザーがなり、目覚しにおどろいたように目をこするというなどは愛嬌がある。(『日本語の個性』1976.05初版・中公新書 p.62)

 1970年代半ばに、外山氏はどうも普通名詞として「カセット・コーダー」を使っています。小林信彦氏とほぼ同時期といえます。
 それから20年以上が経ち、小林氏も「カセット・コーダー」を「カセット・レコーダー」に改めた。僕のように、名を聞いても分からない人間も出て来た。「カセット(・)コーダー」は、一般名詞の座から転落し、「1トレードネーム」に逆戻りした。そう決めつけて、自分の無知をごまかしています。


追記 早稲田大学学園誌「新鐘」61 1999.12発行 p.18、政治経済学部教授ポール・スノードン氏の文章に

〔日本で話しかけられた場合〕多くしゃべりかけられたときはもちろん、もっと素直に応じた。それでそのようなしゃべりかけらる〔ママ〕ときは実に多かったのだ。カセットコーダーを持った若者もいたし、メモを用意したサラリーマンも、ファッションだったホットパンツの女の子もいた。

とありました。(2000.04.02)

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