内外経済事情

深谷庄一

1.国際収支統計の改訂

1996年1月から国際収支統計が改訂された。その主な特徴は、 この事は最近の日本の貿易形態の変化を反映している。
  1. サービス貿易の増大(原油輸入300億ドルより旅行収支400億ドルの方が多い。旅行収支は貿易外収支から、貿易・サービス収支に移行。そのほか貿易外収支は所得収支に。)
  2. 資本移動の増大(資本規制の廃止。短期資本は不安定という観念の非現実性。)

2.為替レートと貿易収支との関係に関する2つの誤謬(ごびゅう)

  1. 「円高によって黒字が減る。」この観念はたとえば85年のプラザ合意の後、円高が放任され(ドル高が是正され)、円高不況を恐れた内需拡大政策がバブルをもたらした。

    正しくは、 円高は短期的には黒字をむしろ増大させる(Jカーブ効果、1$=100\が1$=50\になれば100万円の車が2万ドルに倍になるので、黒字が増える)。 中期的には常識どおり黒字が減る。 ただし長期的な黒字傾向は変化しない(360円から100円になっても黒字傾向はなくならない)。

    (問題:「なんでそうなるの?」中期的に輸出が減るのに、なぜ長期的には元に戻って輸出が増えるのか説明せよ。)

    なぜ日本の黒字傾向が続くのか? 経済学的には貿易黒字とは(生産−支出)であり、貯蓄保有の形態が外国為替の形態を取る場合である。貯蓄の保有には国債(財政赤字)、外債(貿易黒字)、社債(投資)の形態がある。貿易黒字とは外国為替の形態で国内貯蓄を保有することを意味する。貯蓄(投資)が一定であれば、財政赤字が増えれば貿易黒字は減ってくる。長期的には高齢化社会に伴う貯蓄率の低下という問題もあるが、今日の日本の問題は財政赤字の増大である。

    国際収支の黒字とは、儲けとか一人勝ちとかいうものとは違う。 黒字倒産という言葉がある。この場合利益を上げている(黒字な)のに、現金等の決済ができなくて倒産することを意味するが、貿易黒字はむしろこの利益のことではなくむしろ現金勘定の方。長年赤字でも経済成長を持続しているカナダのようなところもあり、借金しても実物経済は成長を遂げていれば問題ない(子どもの教育で家計が赤字でも、将来の成長につながれば問題ない)。 黒字は他の国の投資に使われ、国際社会の利益になる。黒字も赤字もよい悪いの問題ではないし、とりわけ二国間で均衡させようなどとするのはもってのほかである。

  2. 「黒字傾向になると円高になる。」これは資本移動が制限されていた時代の誤った観念である。貿易黒字になって、外貨を円に代えようとすると円が高くなるという考えに由来する。

    今日は貿易黒字は直ちに資本赤字になる。外貨を溜め込むことはできず直ちに国外に還流(recycling)する。 経済学的には黒字が円高になるか円安になるかについては二説ある。

3.通貨の分権化・分散化

  1. 国内通貨と国際通貨の違い

    国内通貨には法貨(legal tender)ということがあり、紙幣類似証券取締法という法律もある。タクシー料金の支払いにテレフォンカードを使おうとすると運輸省は禁じることもできる。seigniorage の所在が統合され、即ち権力が集中している。

    国際通貨は71年8月15日、ニクソンによる金ドル交換制停止でドル本位制は停止し、seigniorage は競争状態にある。みんなが使うから貨幣になる。オイルショックの後、オイルダラーの還流問題が生じたが、大方の心配をよそに産油国に溜まったドルは還流せざるをえなかった(ユーロダラー市場を経由しての自動還流)。e-cash など、銀行の信用に頼るだけではない、新しい決済方式が誕生する。

    (問題:円を増刷した場合の影響をのべ、日本円紙幣と米ドル紙幣の違いを考察せよ。)

  2. 国際通貨の国内通貨への波及

    このような根本的なシステムの違いはいずれ国内通貨体制をも巻き込む。

    Internetの分散化システムモデル。核爆弾にも遮断されない分散型通信システム。

    1969年、国防総省(DoD)がARPANET(Advanced Research Projects Agency)を作成したのがきっかけ、1983年 TCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)が正式採用され、軍事用の MILNET が分離された。

    電話、銀行オンラインはコネクションを確保し、内容は無手順の垂れ流し。ホストコンピュータに情報を集め、その中でのみ情報処理する中央集権的システム。Ethernetは情報をパケット(packet)に分割、内容を暗号化し包み込み、経路はルータ(router)により選択され、到着先で組み立てて元に戻す。バス型だけでなく、ハブ型も使用。

    今まで日銀−都銀と系列化された信用機構は今後一層分散化が進む。しかし国家主権というものがある限り完全な分権化は不可能か。

    分権化社会とはどういう社会か。米国航空機規制緩和の結果、メジャーな事故は減ったが、マイナーな事故は増えたという。Internetの世界もまさにそれで、時々メールサーバーが動かなくなったり、混んでいるのかダウンしているのかわからないままWWWサイトに行けなかったり、細々したトラブルが頻発するにもかかわらず、全体としてはワークしている。このコストに耐えられるか否かが、分権化社会への移行に踏み切れるか否かの試金石になるだろう。


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