秩父神社例大祭「祭礼日記」・「御祭礼記録」

　中村町会（髙橋德太郎町会長）では、町会所有の古文書を解読し、平成２６（２０１４）年１１月、『秩父神社例大祭「祭礼日記」「御祭礼記録」』として刊行しました。古文書は、中村町にある中近笠鉾収蔵庫に長年保管されていた秩父神社例大祭に関する記録。本書の刊行により、不明な点が多い秩父神社例大祭の歴史の解明が大きく前進するものと期待されます。

　今回、中村町会が解読に取り組んだのは、『祭礼日記』（文政１０（１８２７）年～嘉永３（１８５０）年）と『御祭礼記録』（万延元（１８６０）年～大正元（１９１２）年）の二点。１００年もの間、人々の目に触れることなく、笠鉾の収蔵庫の奥に眠っていました。

　平成２６年春から、これらを解読・公開しようと作業が進められ、同年１２月の大祭を前に１冊の刊行物となったものです。刊行に当たっては、古文書に馴染みのない人にも読みやすいように、ふりがな付きの読み下し文や解説が加えられています。

　二つの文書は、被支配者の身分にあった中村町会の先人が自らの祭礼を克明に記録したものです。

　中でも、『祭礼日記』が始まる文政１０（１８２７）年、幕府の改革取締りによる「祭礼停止」の「仰せ渡し」に対して、中村、下郷、宮地、上町、中町、本町の六か町が結束してこれに抵抗し、三か町ずつ隔年で実施する「半減の祭礼」で決着。『御祭礼記録』にある明治９（１８７６）年に「総祭礼」が復活するまでの祭礼が記録されていました。

　幕藩体制の崩壊と明治政府による近代化の荒波に揉まれながら、祭礼存続にかける屋台町の人々の姿が鮮明に蘇ります。

　文書が記録した主なものを挙げてみましょう。

　天保元年（１８３０）年１１月３日夜、御旅所から曳き返す途中、中村の「上平」で笠鉾が横倒しとなって大破し、翌々年の天保３年まで２年がかりで修復が行われました。

　天保３（１８３２）年の閏（うるう)１１月、６か町の行事は、閏霜月の蔭祭（かげまつり）に秩父神社境内に本町屋台を飾り、６か町が費用負担して屋台の上で代々神楽を執行しました。この年、通常の霜月大祭のほかに、旧暦閏１１月にも小規模ながら「蔭祭」が行われていたことがわかりました。

　天保１１（１８４０）年１１月３日、早朝から笠鉾を曳き出し、夜、御山（御旅所）へと向かったものの、１０月下旬に大雨が降り続いたため、「御山下畑より水が吹き出し候に付き神輿ならびに神事道具のみ相登り」、笠鉾と屋台は御山へ登れず、諏訪明神前にて御山同様にし、そこから一同は曳き戻しました。笠鉾と屋台が「諏訪明神前にて御山同様」とは、秩父神社の女神と武甲山の男神が本妻の諏訪神社に隠れて逢い引きするとの伝承はなかったようです。

　嘉永元（１８４８）年には、「笠鉾破壊致し候に付き」、６月中旬から龍２匹の彩色や飾り金具の修復が行われました。１１月３日早朝、神官を頼んで笠鉾を清めて曳きだしたところ、３度に及んで御幣が落下。再度、神官が祈願し、無事に祭礼が出来たという珍しいエピソードも記されています。

　明治１２（１８７９）年１２月２日、秩父神社に揃った６か町は、ここからこの年開設の郡役所に曳き揃って屋台芝居を上演。さらに、上町まで曳き上げました。ここで、一同は高張を付けて曳き下り、中村、下郷、宮地は２日夜、秩父神社に止め、３日は中村・下郷を左右に置き、宮地が屋台芝居を上演しました。この年の１２月２日、中村と下郷の笠鉾も曳行されていました。

　明治４４（１９１１）年、大宮町に電話が開通。この電話線の架設が障害となり、中近と下郷の笠鉾が本来の姿での曳行が出来なくなっていました。笠鉾本来の姿で曳行不可能になった原因が大正３（１９１４）年の電灯線の架設であるとする従来の定説が覆りました。

　未知の事実が続々と明らかとなる一方で、解明が必要な記述もあります。

　明治９（１８７６）年、「凡そ六時頃番場旗杭より少し上より鳥居先迄引き揃え、挑灯を残らず付け揃い、夫れより御花畑へ引き上げ、旧例の通り当耕地笠鉾上の方へ置き、下郷・本町・中町・上町・宮地屋台下へ並び（中略）祭典も終わり、笠鉾屋台右順番に引き下ろし」
　明治２６（１８９３）年「此年御花畑へ六か所引物の位置を定め」
　明治４０（１９０７）年「母巣森飛地境内斎場大宮公園設置に付き、六町の相談にて変更決定す、但し順序は従前の通り」

　御旅所での停止位置が明治期に２度変更されています。亀の子石を要に扇状に並ぶ現行の形は、明治４０（１９０７）年の大宮公園設置に伴うものとして、それ以前の並び位置の形はどうだったのか。中村笠鉾を先頭にして、縦に並んでいたように読めます。また、４台の屋台の順番が今と逆ですが、これをどう捉えるべきか。今後の解明が待たれます。

　中村町会は、秩父神社例大祭の歴史の解明に寄与しようと、本書を刊行しました。今後の課題は、先人の残した記録を如何に現在の知見とするかです。

　例えば、平成３０（２０１８）年の宵まちでの中近笠鉾の曳行は、『御祭礼記録』の記述から、明治１２（１８７９）年以来「１３９年ぶり」と同年１１月１７日付東京新聞が報道し広まりました。

　しかし、笠鉾本来の姿での曳行不能の原因が明治４４（１９１１）年の電話線との明確な記録にもかかわらず、大正３（１９１４）年の電灯線であると根深く浸透し、これを正すのは容易ではありません。

　本書は、現在、秩父市立図書館のほか、埼玉県立熊谷図書館や国立国会図書館で閲覧が可能です。是非御覧ください。

（２０１５年　１月２０日　中村知夫）