今月の提言


6月の提言:『名経営者に変身する法』



今年の3月決算企業の株主総会も峠を越し、多くの親会社、子会社の新社長が誕生した。しかし、社長交代には富士通やセイコーホールディングスのように内紛が露見した会社もある。だが、これは他人事ではなく多くの日本企業に内在する問題でもある。

富士通の野副州旦元社長の解任劇は昨年9月にさかのぼる。取締役会の直前に最高実力者の秋草直之相談役ら幹部6人に部屋に呼ばれ、野副氏が活用しようとした投資会社が「反社会的勢力」と関わりがあるとして辞任を迫り、野副氏は受け入れたという。だが、後日その事実は確認できなかった(注1)。

野副氏は今年2月には辞任撤回を求める文書を、さらに6月21日の株主総会に先だって公開質問状を経営陣に送ったという。しかし、株主総会は2時間49分と過去最長となったものの、野副氏の解任に関わった間塚道義会長ら3人を取締役候補から外す緊急動議が出されたが否決された。そして、すべての議案は会社原案通りに了承されたのである。

一方、セイコーホールディングスは創業家一族の服部礼次郎名誉会長が主導した土地取引に関連して、村野晃一前会長兼社長が今年4月に解任された。解任理由は子会社「和光」の業績悪化だが、実際は村野氏が名誉会長の専横を許したことが理由だ。そして村野氏の解任によって名誉会長の影響力を排除しようとする動きであった。同社のこの問題は3年前から指摘されていたようだが、社外取締役と一部の幹部がこの解任劇をリードしたという。

両社に共通するのは、トップマネジメントのコミュニケーション不足と取締役会の機能不全だと指摘する向きもある。確かに、富士通の場合、社長解任は長老を含む一部の役員が加わった密室で行われ、取締役会で議論された形跡はない。また、セイコーも問題を3年も放置した点は経営陣が密な意思疎通が行われていたとは思えないし、取締役会が機能していなかったのは事実であろう。

しかし、問題の本質は、富士通の秋草直之氏やセイコーの服部礼次郎氏のように社長経験者が影響力をとどめていた点にあると思う。日本企業において、「元社長」に実権が残り人事や戦略に大きな影響を及ぼしているケースが多い。だが、米国企業の場合、好業績をあげて長期間社長(CEO/経営最高責任者)の任にあっても、退任後影響力を行使することは稀である。具体的には2人のCEOをあげればイメージしやすいだろう。つまり、GEのジャック・ウェルチ氏とIBMのルイス・ガスナー氏である(注2)。

いうまでもなく、筆者は名経営者といわれる方々の人格、識見そして経営能力は高く評価するものである。だが、経営環境は5年、10年で大きく変わる。かつてのトップが手がけた事業も時代の流れに逆らえない場合もある。それでも日本企業の場合撤退を含む事業の取捨選択が迅速に行えないのは、元社長等社内に影響力を持つ長老の思い入れによるところが大きい。次代を担う最適な後継者を選んだならば、院政を敷こうとは思わずに、次の社長に全てを任せる、これが名経営者の最後の仕事だと思うのである。

そこで、次代の名経営者は、後継社長を選ぶにあたって従来のやり方を変革すべきだと思う。そのポイントは次の6点である。
  1. 社長の選抜過程を透明にする
  2. 最低10年は任せられる人を社長に選ぶ
  3. 社長の業績評価基準を明確にする
  4. 社長退任後は名誉職とする
  5. 社長報酬は現状の数倍として業績にリンクさせる
  6. 企業統治を強化する
まず、「社長の選抜過程」の透明化については、委員会等設置会社であれば「指名委員会」を活用して透明化を図る。従来の監査役設置会社も指名委員会に準じて透明化を行う。次に、会社を大きく変革し未来に向けて舵を取ろうとすれば、成果が伴うまで少なくとも10年はかかるだろう。この意味で最低10年は社長を任せられるような人を選ぶことが肝要だ。さらに、社長の通知表は会社の業績である。それゆえ10年社長を任せるか、さらに延長するか、これを決めるのは業績なので評価のガイドラインを設けておくべきである。

そして、社長退任後は名誉職として第一線から退くことをルール化する。その上で、社長報酬を現在の数倍、少なくとも数億円レベルまで引き上げる。ただし、業績にリンクした報酬として、企業価値向上のためのインセンティブになる方がよい。最後は、社長の選定を含め会社のガバナンスを強化する。社外取締役の選任を義務づけられていない監査役設置会社でも、東証上場企業の約4割は社外取締役を任命しているという。しかし、取締役会及び監査役の機能が十分かというと必ずしもそうではない。トップが戦略を明確にして10年スパンで実行する一方でガバナンスの強化が重要だ(注3)。

上述した点は、現在の社内の実力者、社長や会長がその気にならなければ実現することは難しい。この意味で、現トップが院政を敷くことの弊害を認識して、未来を見据えて英断してほしい。誰も首に鈴をつける人はいないだろうから、自らが決断できればそれだけでも名経営者である。名経営者が続出することを期待したい。


注1:
富士通,セイコーHDの社長解任関しては下記を含む各種記事情報による.

「「日本型」統治、岐路に:富士通など相次ぐ機能不全」(2010年6月18日付けasahi.com)

注2:
ジャック・ウェルチ氏は1881年から2001年まで20年余,ルイス・ガスナー氏は1993年から2002年まで約10年CEOを務めた.

注3:
共同通信の調べでは,主要企業で2010年3月期に1億円以上の報酬を受け取った役員数が233人を超えたことが分かった(6月29日まで株主総会や有価証券報告書での開示による).高額報酬に関しては欧米では批判の声があるが、日本のトップの報酬は欧米に比べて格段に低い.私見では,これも元社長が引退せず長老支配を招く一因だと思う.いずれにせよ,日本では企業価値への貢献がトップの報酬にリンクしないのは問題で,この際トップの報酬に関する議論が深まることを期待したい(下記URLを参照).

「1億円経営者は200人超:10年3月期の役員報酬」(2010年6月29日付け47 News)



(先月の提言はこちら.いずれにせよ,日本では企業価値への貢献がトップの報酬にリンクしないのは問題で,この際トップの報酬に関する議論が深まることを期待したいへ!これまでの提言はこちらをご覧ください)



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