株主価値経営が経営トップを近視眼にして、中長期的な企業の発展を阻害するという論者は多い。ヘンリー・ミンツバーグ教授もその一人だ。最近の米国企業を対象とした研究結果をみると、確かに四半期目標の達成に注力する「経営近視眼」が中長期的な企業価値を損なっていることがわかる(注1)。 では、日本企業は経営近視眼に陥っていないのか。筆者は、米国企業とは違った意味で、日本企業も近視眼になっているケースが多いと思う。たとえば、次のチェックリストを見てほしい。読者の会社は次の10項目うちいくつ該当するか。
事業ポートフォリオとは、自社が展開する事業(あるいは製品)の位置づけを考えながら、さまざまな事業を組み合わせることでリスクを軽減しつつ利益を最大化する考え方である。 一般には、成長性や相対シェアなどを軸に取ったマトリックスによって、事業の「選択と集中」を行う際の評価基準とする。3や4はこうした事業ポートフォリオの考え方をベースに、重点的な資源配分を行うものである。 日本の国内市場の伸びが期待できない今、海外の成長市場攻略は重要な戦略的オプションの一つである。現在、上場企業の海外売上高比率は平均30%超、製造業のみでは平均45%超である。さらに、海外売上高比率トップ100の企業は69%以上を海外の売上で占めている。このような数字をみると、現状でも日本企業のグローバル市場への深耕は着実に進んでいる。しかしながら、これから主力である国内市場が飽和もしくは衰退する業界も少なくない。こうした企業にとって、国内市場向けの新たな成長事業を模索するととも、グローバル市場への展開も視野に入れるべきである。海外市場での事業ノウハウを身につけるには時間が必要なのだ。 中長期的には、経営の選択肢を広げる意味でも新しい金融手法や買収手法の採用を前向きに考えるべきである。また、コスト削減も小手先の対策ではなく、バリューチェーンやビジネスモデルを見直すなどの抜本的、あるいは体系的な低コスト経営を考えるべきだ。 最後に、8から10は、人あるいは組織にかかわる問題である。過去10年とそれ以前の10年との大きな違いは、人的資産の価値に対する認識が大きく高まった点にある。かつては、取引コストの経済学が示すとおり、企業組織は個々の取引を市場で行わずに内部化することでコストを削減してきた。しかしながら、ICTの発展により取引コストは大幅に削減された。また効率的にアウトソーシングできる企業も多数存在するので、垂直統合して川上から川下まで自社の資産として保有し内製化する必要性も少なくなった。つまり、企業組織や資産の価値が相対的に低下し、イノベーションや品質、満足度向上などの知的生産の重要性が増して、それらを推進する人的資産の価値が増大しているのである(注3)。 上述した点を背景にして、次代を担う創造的でグローバルな視点を持ち、戦略的意思決定のできるリーダーの層の厚さが今後の企業の盛衰を決めることになろう。そして、先月の提言でも述べた「企業文化ベースの経営」の実践と、1〜9を着実に推進する経営トップの10年スパンのリーダーシップが求められよう。 以上のチェックリストのうち8つ以上該当すれば、「経営近視眼」ではなく「遠近法経営」を実践している会社である。5つ以下であれば、近視眼予備軍かすでに経営近視眼である。企業が単年度目標の必達に向けて努力するのは当然である。しかしながら、同時に企業ビジョンあるいは長期的目標を見据えて、これを達成するために大きな戦略的かじ取りが不可欠となる。筆者のいう「遠近法経営」とは、こうした短期、中長期の目標を踏まえて長期的な戦略経営を実践することをいう。 さて、あなたの会社は経営近視眼、それとも遠近法経営か。前者であれば、チェックリストの項目の意味を再考して、遠近法経営への道を模索してほしい。 注1: Henry Mintzberg, "Productivity is Killing American Enterprise," Harvard Business Review, July-Aug, 2007. Natalie Mizik and Robert Jacobson, "The Cost of Myopic Management," Harvard Business Review, July-Aug, 2007. 注2: 数値目標(指標)は松下電器のホームページを参照した。 注3: 新しい企業の概念については下記の第7章を参照。 江川雅子『株主を重視しない経営』, 日本経済新聞社, 2008年1月. |
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