BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIAL 1999-2000

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第140話:Pensance行きとBournemouth行き。

「マンチェスターのアホ女」のおかげで、オクスフォード行きは不安な展開となった。切符のことではない。自分の見解には自信を持っているし、ダメなら車掌に払えばいいだけである。問題は、「どこ行きに乗るか」という基本的なことがわかっていないことなのであった。

11時4分にマンチェスターを発車して11時43分にCreweに着く列車、という情報しかないのだ。もちろん、どこの駅にもある時刻表掲示板を見ればわかるのだが、それはTravel Centreのなかにあり、そこにはしばらく近づきたくない気分だ。しかも、新年スケジュールのせいか、トマスクック時刻表には見当たらないし、たとえあってもそれが正しいとは限らない。

かくして、ターミナル駅らしい大きな電光掲示板に"Crewe"の文字が出るのを静かに待っていた。

出た! 11時07分、Crewe行き。時間が3分ずれているが、この時間の前後でCreweに行きそうな列車は見当たらない(いちおう主な都市の位置関係は頭に入れていたつもりだった)。これかな? と13番ホームに向かう。そこで駅員に次の一番早いCrewe行きはここでいいのか? と聞き、ここだというので待つ。

しかし、疑念が去らない。もしも出発時刻が変更になったのなら、なんらかのアナウンスがあるはずだ。ここはイタリアではなくて英国なのだ。それに、このCrewe行きはあきらかに各駅停車だ。

再び、モニターのderartureを注視する。と、"1104 Pensance"という列車が現われた。

Pensance! それはイングランドの南西のはしっこの街、プリマスよりもサウサンプトンよりもさらに西へと突き出た半島の先端だ。そんな列車があったのか・・・。これはたぶんロンドンを経由しないから、トマスクックでも別の路線で掲載されているのだろう。昨日のインフォメーションのじいさんが、この列車でCreweまで行くことを思いつかなかったのも無理はない。たとえて言えば、大阪から稚内までの列車に、京都・米原間だけ乗るようなものである。

あのアホ女には、こういうダイヤグラムの妙はわからんだろうなあ。

さっそく11番ホームに向かう。Crewe停車を確認。やがて入線した列車は、さすがに長距離だけあって座席の9割以上に予約席を示すカードがささっていた。それでもわずかに残っていたフリーの席にシートを確保。

そして、同じ問題はCreweでも繰り返される。オクスフォードまでどこ行きに乗ればいいのか、わかっていないのだ。乗り換えのための時間は14分。降りたホームのモニターでdepartureを見るが、"1157 Liverpool"が最後になっている。発車時刻はまったく同じだが、この列車であるはずがない。念のため、インフォメーションを求めて階段を上がる。そして判明したのは"1157 Bournemouth"という列車がオクスフォードまで行くということであった。ほどなく掲示にも出たので、安心して5番ホームに向かう。

これもまた長距離列車であり、予約票だらけだが、そこに示された区間以外なら座っていていいのである。たとえて言えば、東京・博多間の列車で、大阪・博多間の予約席なら、東京・大阪間は予約がなくても座っていいということだ。

まあとにかく空席を確保し、検札に来た車掌に「この切符でオクスフォードまで有効ですね?」とダブリン・ロンドンの切符を差し出した。インド系だろう、浅黒い顔に髭をはやした車掌はしげしげと切符を見つめて「イエス。イエ〜ス」と嬉しそうにパンチを入れた。

どこかむなしい勝利の瞬間だった。私は、プロらしい仕事を見るのが好きなのだ、たとえ自分が間違っていても。あの「マンチェスターのアホ女」は、たぶん自分の態度を反省することもなく、相変わらずいい加減な仕事をしつづけるのだろう。どこかで気づくことがあるだろうか、自分のおろかさに。

列車は2分遅れでオクスフォードに着いた。旅は終わりに近づいていた。

(第140話:Pensance行きとBournemouth行き。 了)

text by Takashi Kaneyama 1999

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