BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIAL 1999-2000

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第131話:またも船は出ないのか?

証言1:キャサリン・マクドネル(アイリッシュ・フェリー勤務)

ええ、覚えてるわよ。チェックイン開始5分前くらいに来てたみたいね。私、最初は気がつかなくって、クレームタグを配らなかったの。すぐに取りに来たけど。チェックインの時に名前を聞くと、英文のネームカードを用意していて、旅慣れた感じだったから安心してたんだ。

で、結局欠航になってステナ・ラインに乗り換えてもらうことになったでしょ。人数が少なかったから、タクシーを手配してダン・レアリーまで行ってもらったんだけど。彼、もしかしたら同じダブリン港の別のポートに行くとでも勘違いしてたんじゃないかしら。

チェックインした荷物を引き取って持っていくのを忘れちゃってたのよね。まあ、私も「ステナラインに乗り換えて」って言っただけだから。ちょっと呆然としてたみたいだったけど。

荷物? ノー・プロブレム。アリスって子に頼んじゃった。

証言2:アリス・コノリー(学生)

そう、黒いバッグ。大きさの割にはそう重くなかったけど。でもまあ、自分の荷物もあるしね。チェックインカウンターの人ったらさあ、日本人はひとりしかいないからわかるわよ、ってそれだけよ。うん、荷物にタグがあったから名前はわかってたんだ。

でもさあ、6時40分発のフェリーに乗るのに、ダブリン港を出たのが6時10分よ。ダン・レアリーまでいくら渋滞のない早朝だって20分は軽くかかるじゃない。私たちが着く前に彼がうっかりチェックインしてたらどうするのよ? 一緒に行ったボブは、私のこと、心配性だって笑うんだけど。「ここはアイルランドだぜ? なんでもうまく行くさ」って、こうよ。

結果? 私たちが着いたときに、ちょうど彼がチェックインしているところだったわ。たぶんそうだと思ったんだけど、名前を言っていたから、列の後ろから声をかけたのよ。あ〜、よかった。

彼? 猛烈に恥ずかしがってたわよ。Thank you so muchとso sorryを繰り返してさあ、ちょっと笑っちゃった。

証言3:トマス・パークス(ステナ・ライン勤務)

え? 名前は? ああ、ここにある。別に問題ないよ。あのときは急にアイリッシュ・フェリーから「5時45分発が欠航になったから、乗客を頼むよ」ってことになってねえ。うちはアイリッシュ・フェリーと違って乗客名簿はコンピューター管理だからね。乗客の名前は正確なスペルを聞いて打ち込むんだよ。荷物につけるクレームタグだって、ほら、飛行機のと同じだろう。アイリッシュ・フェリーはいまだに折り込み式のタグだろう? 信じられんね。

え? 荷物? ああ、後ろから届いたバッグをチェックインしてたね。あれは知り合いじゃないの? あ、そう。アイルランドは世間が狭いからね、誰かは誰かの知り合いなんだよ。まあ、問題はなかったんだろ? だったらいいじゃないか。ギネスでも飲んでゆっくりしろよ。

証言4:エディ・キース(カー・ディーラー)

ああ、そんなヤツがいたかもしれん。新年の最初の日曜日に移動するなんて、最悪のスケジュールなのになあ。映画? ああ、映ってたけど誰も見てないよ。映画を見るヤツは左舷に行くからね。右舷は寝るためさ。いちばんはじだと窓の下に脚をのっけるスペースがあって楽なんだ。

海? いやあ、見ちゃいないよ。こっちは仕事だからね。移動時間は休養さ。でもまあ、夜明けとともにウェールズの岸が見えるよ。灯台の明かりがポワーっと光ってね。そりゃあ、いいもんさ。もっとも、いちばんいい席は高いレストランになってるけどね。でも、オレはいつもここさ。1時間40分、ゆっくり休むのがいちばんさ。

証言5:シャノン・ピアース、エリザベス・キルモア(ステナ・ライン勤務)

ああ、あの人。もう港に入って閉店する間際に来たわよ。だいたい、この早朝の便ではあまり買い物する人はいないんだけどね。なんか、石を5個もって、レジは閉まっちゃったの? って深刻な顔で聞くんだもの。で、ベスのところに行きなさい、って教えてあげたの。ねえ、そうでしょ?

そうそう。彼は値段がアイリッシュ・ポンドか? って尋ねたのよ。たぶん、アイリッシュ・ポンドを使い切るつもりじゃなかったのかしら? 英国ポンドだって言ったら、アイリッシュ・ポンドで払える? いくらになるかな? って聞かれたので、レジで表示してあげたの。ノー・プロブレム、と言いながら10ポンド紙幣と小銭で支払ったわ。

別に変なことはなかったわよ。あ、いや、そう言えば払うときに10ポンド紙幣を少し眺めてたわねえ。額を確認するんじゃなくって、なんか名残り惜しそうにしてるみたいな。あの、眼鏡をかけた肖像って誰? 知ってる? なんか偉い文学者なんでしょ? 英語のくせにすっごく読みにくいってヤツ。なんかその肖像と眼鏡だけは似てたわねえ。

そう、彼が最後の客。その頃にはもう埠頭に接岸していたもの。今日はあんまり揺れなくてよかったわ。

(第131話:またも船は出ないのか? 了)

注:今回の第131話の内容には一部フィクションが含まれていますが、
大筋の内容は事実に基づいています。

text by Takashi Kaneyama 1999

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