BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIAL 1999-2000

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第81話:QuickTime VRの威力。

雨だというのに、今日来たメンバーはみんな外へと出かけて行った。明日のクリスマスとその翌日のボクシング・デイは店が休みだし、パブさえも明日は休みだ。多くの店やパブは埠頭に集まっているので、今日のうちに下見がてら散歩に行こうか、という感じだった。

私は、移動日は静かにしているという原則を守って外出を控えた。あるいはただ単に臆病なだけだったのかもしれない。

老婦人は読書の手を休めて話しかけてきた。彼女の名前はイーナと言った。昨日、夜に飛行機の便が出て、それで着いたこと。教師をしていたこと。埠頭からさらに東に行くと墓地があってケルト十字がたくさん見られること。

どんなきっかけだったろうか。昨日撮った写真をお見せできますよ、見たいですか、と尋ねた。え、見られるの、それは見たいわ。

それなら、とPowerBook2400を部屋から持ち出してきた。どっちにしろ、部屋に机はなかったのでロビーでやるしかないなあ、と思っていた。せっかくなので、おとといに撮ってきのうQuickTime VRにしたばかりの「モハーの断崖」を出した。これは、よくガイドブックにも載っている角度の映像だったのでわかりやすいという理由だけだったのだが。

これがバカ受けだったのである。

自由自在に絵が動く。水平線と雲がつながって、延々と流れる。下の道から断崖、海、オブライエンの塔、また道とひとつづきの写真になっているということが、題材もよかったことが手伝ってか、こんなに感動してもらえるとは思わなかった。

やがて帰って来た面々にも伝わり、何度も実演するはめになった。

ホストのジョエルが、これでこのManistir houseのも作れるのか? と聞いた。もちろん、と答えると、じゃあ明日が楽しみだな、と言い残してキッチンに消えていった。

それは、私の実質的なデビューでもあり、苦行の始まりでもあった。

(第81話:QuickTime VRの威力。 了)

text by Takashi Kaneyama 1999

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