第72話:大西洋の洗礼。 |
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バスが止まった。
陽気なガイド・ドライバー、デズモンド・モロイが節回しをつけてコールした。 ここが、「モハーの断崖」だ。
うめくように乗客たちが答える。すでに何回かのストップで強風と凍てつく寒さを感じているので、30分でも長いくらいだ。 石の板ではさまれた道を上っていく。すでに左手には切り立つ断崖が見えている。ティン・ホイッスルが奏でる陽気なリールが聞こえてきた。この寒さで、バスカーが吹いている。 注意書きには、「現在も崖は崩れつづけているので、柵を越えてはいけない」とある。崖には多くの鳥が営巣している。波が打ち寄せる。 道の途中には、水がシャワーのように降り注いでいるところがあった。強風で、海水が吹き上げられているらしい。フードをしっかりかぶって駆け抜ける。 突風で体が浮きそうになった。思わず笑いながら、建物のかげに逃げ込んだ。
先にそこで風を避けていた老婦人が私にささやいた。やがて彼女は"Hey, Kids!"と子どもたちを呼んで両脇で支えてもらいながら、道を戻っていった。彼女は、決まり文句のような"Nice view!"なんてことは言わなかった。
彼女は、そうたしかに言ったのだ。 雄大な景色、というだけではない何かを、自然の厳しさ、というだけではない何かを、人は感じることができる。 帰る時が来た。くだんのシャワーを通り過ぎるために構えていたら、急に風向きが変わって頭の上に水がぶちまけられた。
私と、もうひとりの少女が、声を合わせて一緒に駆け出した。
いや、彼女が言いたかったのは、もっと別の事かもしれない。その塩っぽい味を、彼女はきっといつまでも覚えているだろう気がする。ここは、ある啓示の場なのかもしれない。 ![]() パノラマ化した映像を見るためには、 写真をクリックしてください。 ドラッグ操作でパノラマ映像を自由に楽しめます。 ただしダウンロードに数分程度かかる場合があります(約205KBあります)。 ![]() (第72話:大西洋の洗礼。 了) text, QucktimeVR and photography by Takashi Kaneyama 1999 |
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