BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIAL


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3月9日(土) 20:30 Inter Milano - Juventus

ミラノは燃えている。

チケットを求めて

午後5時45分、ホテルを出た。フロントのおやじが「スタジアムに行くのか?」と声をかけてきた。「昨日はスタジアムでチケットを売ってたぜ。今行けばあるよ。オレ? オレはユヴェントゥスさ。デル・ピエーロ! トレゼーゲ!」(どーでもいい注:Trezeguetはフランス人なので「トレセゲ」なのだが、イタリア人は「トレゼゲ」と発音する)


当日のGazetta dello Sport紙は「トレセゲ対ヴィエリ」をクローズアップ

メトロは乗り換えなしでLotto駅まで行く。ここから歩くと15分らしいが、試合日にはシャトルバスが出る。たぶん、ここだろうとサポーター(イタリア語ではTiffosi)連中がたまっているところで待てばすぐにバスが来て、みんながものすごい勢いで乗り込む。車内では歌とコールの連続。「くたばれユーヴェ!」「マルチェロ・リッピの○○野郎!」(たぶんそうだろう、という意訳)をリズムに乗って連呼する。いい年のオヤジはたしなめるよりも、苦笑いするか一緒にジャンプする輩の方が多い。これはもう、様式化されたフェスティヴァルなのだろう。

あっという間に着いた。Stadio Giuseppe Meazza、通称サン・シーロ。念のため、当日券売り場を探して一周する。もちろん、ない。一部予約券の引き取りその他の窓口が開いているだけだ。

アウェイ応援席への道は重装備の警官隊で囲まれている。しかし、ちゃんと抜け道があるのがイタリアらしい(でなければ一周できない)。

すでに「取引」が始まっている。E250! それでも、日本から手配することを考えれば安く思えるところに、問題がある。なにより、今年の優勝戦線を左右する貴重な1試合であることは間違いないのだから。

待ちながら(何を待つのだ?)、状況を観察する。「取引」のところへ、相場を確かめに行くと、別の男が声をかけてきた。値引きには全然応じない。彼にはボスがおり、ボスの了解なしには値引きできないのだ。チケットを確認すれば、TribunaのArancia(バックスタンドの2階席)で、席はいいし券も本物だしたしかに今年のチケットだ。

しかし、E200。なんとか150まで下げようとするが、ダメだった。こういう場合、どーしても見たい気持ちが強いと交渉する立場が弱い。このチャンスを逃せば見られないかもしれない・・。

結局E200で手打ち。その場でボスに150、売り手が50を取る。握手して別れるが、こちらの気持ちは重い。まだキックオフまで2時間もあるのに。こんな高値はフランス・ワールドカップの日本戦以来だ。

サン・シーロは劇場と化していた。

なにはともあれ、スタジアムへ入ることにする。警備の連中にゲートを聞き、ゲートで係員にたしかめ、2回あるもぎりをくぐり、ボディチェックはなぜか免除されてサン・シーロの階段を上った。

このスタジアムの特徴は席へのアクセスの早さである。とくに帰りはあの螺旋スロープその他、5万人が十数分ではけることを自慢にしている。そして観客席の傾斜がきついため、非常に見やすい。

着いた席は2階席の最後部(最上段)のひとつ前。ハーフラインにも近く、なかなかいい場所である。

午後6時55分、キックオフまで1時間35分。しかし、すでにCurva(ゴール裏)は人で埋まり、立ち上がって叫んだり歌ったりしている。ここには大型画面があって今年のゴールシーンやコマーシャルを流している。

さて、実は隣席にやってきたのは小錦かと思うような巨漢(というかただのデブ)だった。小さな席には当然お尻が入らず、両脇にはみ出るので、私はハンケツ状態を余儀なくされる。

インテル・サポの攻撃の対象はもっぱらリッピである。インテルの監督時代は不振、古巣のユーヴェでは優勝争いでは憎いというか「馬鹿にするな!」であろう。

キックオフが近づいた。ウルトラスの今回のパフォーマンスは「白い滝」だった。

試合はすぐに動いた。

すさまじい歓声と発煙筒の煙のなか、笛はまったく聞こえないが試合は始まった。そして、開始6分でセードルフが入りそうもない角度からのシュートを決めてインテルが先制。

しかし、その6分後にトレセゲが1点を返して1−1。

左サイドでレコバが巧みに敵を交わしてゴールエリア内に侵入したが、倒される。これがノーファウルの判定でインテルサイドは猛烈なヤジ。伝統的に「審判はユーヴェひいき」という見解がミラノでは一般的なので、こういう判定はだいたい毎週、毎試合で問題になる(テレビでは、こういう判定をめぐる討論番組さえある)。

私の印象では、インテルの23番マテラッツィの堅実な守備が目立った。ポジショニングがいいのと、クリアもパスも確実(それもダイレクトで的確にもちろん安全に)。それとレコバの突破、セードルフの精力的な守備とキープ能力。ユーヴェでは右サイドでのビリンデッリらの突破が目立つくらいで、とりあえずキチンと守っています、という感じ。いかにもアウェイらしい戦いだが、速いカウンターの脅威は見せている。ダーヴィッツ、ネドヴェドの飛び出し、トレセゲのポストプレー、デル・ピエロの突破。


これはノーファウルの判定。

ハーフタイム。1−1のまま。写真を撮るにも、隣の小錦が密着しているし、際どいプレーではすぐ立ち上がるので写真どころではない。後半は、柱脇で立って見ることにした。ゲーム中に立って見るのはおそらく禁じられているのだが、後ろの人に迷惑がかからなければいいようである(つまり、最上段はみんな立っている)。


ゴール前でくさびが入った。

後半も同じような流れ。ゲームはだれることもなく、しかし淡々とすすむ。あっという間に時間がたって、終了まで10分を切った。

終了直前、劇的に盛り上がる。

ユーヴェが引き分けで逃げ切るかと思われたそのとき、交代出場したトゥドールが値千金のゴール! ユーヴェが1−2と逆転。このままいけばユーヴェがインテルに2ポイント差をつけて首位に躍り出る。

ユーヴェは時間稼ぎとも思われるプレーでインテル・サポを苛立たせる。


ユーヴェのサポーター席へ発煙筒が投げ込まれる瞬間。

もの凄いブーイングを浴びながら、インテルの波状攻撃を跳ね返す。ゴール前を固めるユーヴェに対し、インテルはアーリークロスで放り込む繰り返しで、ゴールの予感はない。

しかし、私の予感は間違っていた。ロスタイムに、こぼれたボールに猛然と突っ込んだセードルフがディフェンスともつれながら鋭いシュートをゴールに突き刺した。奇跡とも思える同点劇。驚喜するスタジアム。

凄い試合を目にしてしまった。しかし、ゴールの瞬間に思いっきり踏まれた足が痛い。

試合は2−2の引き分けでインテルは首位を維持、ユーヴェは1ポイント差で2位。しかし、これはまだ暫定順位で、明日ローマが勝てば同ポイントで首位インテルに並ぶことになる。

スロープを歩いてスタジアムを出る。興奮したままのTiffosiは歓呼し、クラクションを鳴らし、旗を持ったままバイクで疾走する。

私は「オフィシャルよ」というインテルのマフラーをE10で買い、さっそく首に巻く。実は寒くてくしゃみの連続なのであった。ミラノの夜は寒いが、人々は熱かった。

photography and text by Takashi Kaneyama 2002

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