BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIALスペイン蹴球紀行
CONTENTS
3月21日-22日/パルマ、マヨルカ島→バレンシア
ゴール裏でみんなと頭を抱える

3月21日(火)

チェックアウト。空港へ行くタクシーを呼んでもらい、途中で郵便局に寄る。実は市中まで行かなくても近所に郵便局はあったのだ。で、やっぱり書類にいろいろ不備があって、なんやかんやあったがとにかく出せた。ふう。結局5kgをこえていて、4,425pts。いまだに郵便局は鬼門である(日本がいちばん手強いが)。

同じ型のプロペラ機に乗客はどうも20人足らずで、前の席に座るな、と言われる。バランスの問題らしい。

バレンシア空港では出口が不穏。警官多数にテレビの取材。どうもMANUサポーターがイングランドのフーリガンとして警戒されている模様。私には誰もインタビューしてくれなかった。

ここが市内からどっちの方角かもわからない。タクシーでツーリスト・インフォメーションに行き、ホテルリストと地図をもらい、スタジアムの場所と行き方を尋ねる。

ホテル探し。10分ほどホテルリストと地図を照合し、目標を5軒ほど定めて出かける。最初の3軒はどれも満室。こりゃあまいった、と思った4軒めでダブルのシングルユースがあった。1泊7,000pts。2泊。少しくつろぐ。通りを見下ろす窓。小さいながらもバスタブがある。

散歩する。小さな街で、トゥールーズを思い出す。ぐるっと回ってエル・コルテ・イングレスのなかのおみやげコーナーでバレンシアのマフラーを買う。1,200pts。

ホテルに戻る。写真をPowerBookに取り込んで日記を書いたら疲れたので横になる。7時前に出かける。10番のバスであっというまにスタジアムに着く。どうもsold outのもよう。確認しようと窓口に行く前に「チケット?」。ダフ屋である。最初は「真ん中、下の方」と10,000ptsと言ってる。5,000を提示。結局親分のところに行って、7,000で決着。ところが10,000札でつりがない。タバコ屋で強引に崩させる。握手して別れる。

「招待席」だったが、実はゴール裏なのだった。ほぼ真ん中は本当だが、上の方である。まあ、私は上の方でよかったのだが。しかし、日本の代理店よりも現地のダフ屋の方が半値から3分の1以下である。ただし、ダフ屋は嘘をつくけど。あ、でも1998年に痛い目にあわされたのは忘れないぞ>日本の旅行業界。

さあ、ゲームだ。勝てば準々決勝進出、引き分けまたは負けだとフィオレンティーナの結果次第のバレンシア、チャンスは多いが点にならない。あまりリスクを冒さずに攻めるため、攻撃に厚みがない。MANUはシェリンガム、スールシャールのツートップ。後半にはジョルディ・クライフ。なお、バレンシアはサンチェスを先発させて後半からイリエ。


マンチェスターのGKボスニッチがかろうじてシュートを防ぐ。
頭を抱えるバレンシアのサポーター。

目立つのは、MANUのキーンとスタム。私が注目しているだけかもしれないが。さて、結局お互いに幸せな引き分けに終わり、バレンシアのサポーターは大喜びで帰途についた。フィオレンティーナ、ベストエイトに進めず。まあ、前半のバレンシアの攻撃が唯一の見どころだった。MANUはつねに獲物を狙うようなつなぎ方をするので守備の手が抜けない。そのへん、時間の使い方といい、長いパスのトラップといい、攻撃のタイミングといい、絶妙である。

帰りはみんな歩くのでバスも空いている。

明日は、次にどこの街に行くかを決めなければならない。土曜日の試合を見て、日曜日に帰国便に乗る。その土曜日に、どこで試合があるのか・・・。

3月22日(水)

スポーツ新聞「MARCA」を買い、市場の裏でパエリャ鍋の一番小さい20cmをふたつ買う。そしてBarというか市場の外の屋台でカフェ・コン・レッチェとパンの朝食。

新聞によれば、マラガ対バルセロナが土曜日にある。マドリードではレアルとラーヨ。ビルバオではアスレチックとセビリャ。マラガか。マラガ。その響きが・・・

駅の長距離予約窓口は例によって混んでいる。とりあえず、horarioを見て、マラガに行くのは夜行か飛行機だな、と考える。マラガからマドリードについては、トマスクック時刻表で見る。OAGフライトガイドを東京へ送り返してしまったから、飛行機の便は確認できない。

結局、マラガに飛んで、夜行列車でマドリードに戻る決断をする。そうなら、旅行代理店だ。Turiaというところへ。

で、マラガに飛ぶには朝の8時発しかなく、この土曜日にマラガからマドリードへの夜行はない。日曜日にフランクフルト経由で帰るし、土曜の夜はマラガの試合を見るわけだし・・・ということで両方とも飛行機にする。どちらも朝の便。マラガのホテルも3泊になった。4ツ星という贅沢。しかも、バレンシアからマラガへの飛行機が高い(たぶん、需要が少ないせいだろう)。というわけで、9万ペセタ以上も払う。完全にブルジョアである。どこか仕事が抜けているようなおじさんと40分、とにかく手配完了。

近くの本屋で料理の本を買う。え〜と。行くとこどっかあったっけ? また市場に行くか。とにかくでかい市場なのだ。


さすがに港町である。
しかし、魚はほとんど筒切りだったりする。

なかのバールでセルベッサ(ビール)とカラマーレス(イカ)・フリトス(リングフライ)。ラションにしてくれたので、もう腹一杯。

カテドラルは開いていない。が、ラ・ロンハのなかに入れた。またガーゴイル。ビルヘン教会から聖歌とオルガン。

ホテルでシェスタ。寒いので、熱いシャワーが心地よい。

1時間半寝て、美術館に出かける。バスの路線から少しはずれているようなので、歩く。なにしろ無料。ゴヤ、ベラスケス、エル・グレコ、ムリーリョの、数は少ないながら逸品がある。しかし、それ以上に名前は知らなかったが、なかなか侮れない作家(ソリーリョなど)がまだまだスペインにいることを知る。

Max Aub展。1932-36をバルセロナとパリで過ごした知識人の軌跡。絵、文章、写真、ポスター。望外の収穫。

帰りにローマ遺構へ。さらにカテドラルにて、ミサに遭遇。

レストランへ。ホテルのなかにレストランがあるというより、繁昌しているレストランが上の階でホテルも経営している、と言う方が正しいだろう。つまりは、食べ終わったらそのまま階段を上って部屋へ帰れる。

テレビではローゼンボリ対レアル・マドリード。窮地の白鯨、黒のユニフォームでなんとか勝つが。かなり危なかった。

カプラーの通信、成功せず。マラガに託す。日記だけ書いて早々に寝る。明日は7時までに空港に着かなくてはならない。

text by Takashi Kaneyama 2000

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