『昭和史』半藤一利〔酔葉会:417 回のテーマ本〕○

 昭和史は戦時中に少年期を過ごした者にとっては,息苦しく重い重いテーマである。
 本書が取り扱った1926年〜1945年,すなわち昭和元年〜昭和20年は,日本が外国に戦争を仕掛けて無惨にも敗北に終わった対外戦争の時期である。本書は,日本国内で戦争がいかに画策されて敗北にまで突き進んだかの,政治中枢部での動きの推移を扱っている,いわば“対外政策史”(その見取り図)とでもいうべきものである。叙述は聴衆(受講者)に語りかける方法をとっており,ごく平易な表現となっていて,読みやすい。

1.敵を知らず己も知らず
 「彼れを知りて己れを知れば,百戦して危うからず」とは,2400〜2500年以上も昔の人(孫子)のことばと伝えられる。日本が中国・ソ連・アメリカなどを相手として戦争をしていった経過をたどれば,日本中枢部の判断の中味は,このことばの示すところとはちょうど逆の方向であった。
 “日清・日露の戦争に勝った”という気分が信念にまで転化した“神州不滅”“神の加護がある;どんなに負けていても,最後には神風が吹く”の狂信が,勝つはずのない戦争に日本を駆り立てていった経過が,(本書を読み進みながら)悲しいまでに明瞭に見えてくる。
 そのように我が国を亡国に導いた中核に,若手の参謀将校などがその中軸を担った軍閥(陸軍中枢における派閥,統制派・皇道派;のちに皇道派は総退陣)が居座っていた(ちなみに著者は“軍閥”の語は用いていない)。その彼ら全体の立脚点は“統帥権の干犯を許さず(軍の統帥権は天皇に帰し,実際には軍令部が行使できるのであって,それ以外の軍部とくに政府中枢や政治家の介入を許さない)”であり,軍(ことに陸軍)の専横が実質的に対外的な国の進路を決定していった。

2.経験に学ばす,夜郎自大に
 
自分の力を過信するのはとんでもない過ちだが,それ以上に大きな過ちは,犯した失敗を反省せず,その失敗に学ばなかったことである。自分の実力を過度に評価して“井の中の蛙”であることを,“夜郎自大”という。
 その例を挙げると,まず“大敗北した”ノモンハン事件の失敗に学ばなかったことである。(ノモンハン事件は一般に公表されることはなく,世界大戦での敗戦の数年後まで秘密のままにおかれた!)敗因の中で大きなものは,兵器(戦車や火気など)の実力差が歴然としていたことである。
 もう一つ。ゼロ戦などの優秀な戦闘機の実績がありながら,“これからは航空機の時代”だと見抜けず,旧態依然たる“大艦巨砲主義”を墨守しつづけたことがある。 さらに,情報戦でも決定的な劣勢にあったことを,敗戦後まで見抜けなかった(日本側の戦争遂行のための最高機密の通信までがアメリカ軍に傍受され続けていることに,日本の中枢部は最後まで気がつかなかった)ことが挙げられる。
 以上の数例を挙げただけでも,資源や経済力が決定的なまでに貧困だった日本が,豊富な物質力を誇るアメリカを中心とする敵側に勝てる道理は,始めから皆無だったのである。
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 しかも,新聞が代表する当時の(知恵者揃いのはずの)ジャーナリズムは,結局は戦争に突き進む政府中枢の決定を支持し,むしろ民衆を戦争参加の道にあおりたてていった。
 
3.貧困な日本の事情と民衆の熱望が後押しした
 過去を批判することは,未来を展望することに比べて,はるかにやさしい。現在のわれわれにとって大切なことは“過去に学ぶ”ことにあることは,論を待たない。
 そこで,反省は本書の内容の背景へと向かうことになる。なぜ日本は,朝鮮を併合し,台湾を領有し,満州へ進出したか。その揚げ句,なぜ東亜新秩序を声明し,大東亜共栄圏を叫ぶようになっていったか。
 それへの一つの答えは“民衆が飢えていた”ことにあるだろう。狭い国土(内地)を支えられない当時の貧困な産業力・経済力──という待ったなしの現実があった。“自分が食っていける新しい土地”が渇望されていた。だから,国威発揚と他国(新天地)への進出(侵略と収奪)が,国家中枢の広報とそれを大声で宣伝し尽くしたジャーナリズムの発言(メシを食うための言説)が,大手を振ってまかり通っていったのである。大衆は喝采し,日本の対外進出に熱狂し,支持した。
 軍部の民衆を顧みない(国民のためと称しながら,民衆の生命など眼中になかった)自己保身(極端なエゴイズム)の実態は,敗戦直後の同胞を捨てていち早く自己保身のみを計った“関東軍”などの動向に,如実に示されている。いつの世も,軍隊は,民衆を愛さない。
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 最近気がかりなこと,それは,兵器の国外輸出容認の声声である。一度動き出した産業構造の変化は,簡単な撤収・変化を受け付けない(短時日では旧に復し得ない)ことは,歴史が如実に示しているところである。危ういかな。



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