『トンデモ科学の見破りかた』
アーリック〔酔葉会:415 回のテーマ本〕○

 「トンデモ科学」,ああ例の“超常現象”などを振り回す「イカサマ科学」の類か,科学的な装いはしても“永久機関”のヴァリエーションなど,疑似科学の見本がいろいろ出てくるのだろう──という期待は見事に外れた。どうしてどうして,大まじめなテーマが次々に取り上げられる(原題は「科学分野での9つのキテレツな考え」ほどの意味)。緑陰での消夏法にあつらえ向きどころか,しばしばウンウンうなって読む羽目とはなったのである。
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 本書には“科学的な”視点から,9つのテーマが取り上げられて細かく吟味され,それぞれにトンデモ度(正しい立論でない度合い)で評価される‥‥という論述パターンが繰り返されていく。以下,順に,それらのあらましに触れてみよう。
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テーマ1「銃を普及させれば犯罪率は低下する」
 市民が銃を持つことが公然と行われているアメリカ社会(「米国の四分の一以上の家庭が銃を所有しており,銃による殺人の58%は家族の一員あるいは顔見知りによっている」という)のこと,それが自衛の名目によるためのものとはいえ,銃の家庭への普及は,選挙にからんでの武器産業資本の強力な推進力あってのことだろうとは,容易に想像される。ちなみに「自ら保守派と任じている有権者は,リベラル派を任じている有権者のほぼ2倍の割合で銃をもっている」という。
 テーマ1の正誤を手っ取り早く見極める一つの判定法として,著者が用いたのは,“「非裁量」法”施行の前後における強盗などの犯罪の増減比較である。“「非裁量」法”というのは,「市民が武器を携帯する際に(許可する側が)その必要性を証明することなしに,一切の裁量なしに(希望すれば無条件に)許可する」法律のこと。論者たちの“証拠のデータ”として,“非裁量銃携帯許可法案の通過からの年数(プラス・マイナス)”と犯罪発生件数を対比させたグラフが各種掲示される。多くはテーマ1に有利なデータのように見える,が,それは偏った引用のデータだと気づくのに時間はかからない。アメリカでは州ごとの個性差がかなりあって,データの扱いで,結果が大きく変わってくる。(強盗発生件数でみると,米国“全体”では,「非裁量」法施行後の件数が,それ以前より明らかに増加している)。
 結局,著者の判定は「トンデモ度3」(ひじょうに疑わしい;誤り)である。[そうやすやすと死の商人たちの見え透いた主張に与してはなるまい! というところか。]

テーマ2「エイズの原因がHIVというのは嘘」
 すぐれた,また安価な治療薬が発見されずに,いったん罹患すれば「死への恐怖」から逃れられず,世界中に(ことにアフリカ大陸で)蔓延し続けているエイズ(後天性免疫不完全症候群)とは──「免疫系の重度の機能障害からなる致命的な病気で,その免疫不全のために,犠牲者は正常な免疫系なら撃退できる“「日和見(ひよりみ)」感染症”に冒されてしまう。
 そんな恐ろしい病気の感染源とされるHIVウイルス(エイズウイルス)について,「HIVがエイズには何の役割も果たしていない無害なウイルスだ」と激しく主張する学者(デューズバーグ教授)が現れた。[ちなみにこの病気のウイルスの同定について,名誉をかけての先人者争いが米国のロバート・ギャロとフランスのリュック・モンタニエの間で熾烈に行われたことは,日頃科学に関係がない巷間のわれわれ分際にも“好奇な話題”として喧伝された。当初,この病気は同性愛者間に感染が広がっているらしい──との下世話な話題として騒がれた。なお実際に「世界的基準で見れば,エイズおよびHIVは男女ほぼ同数に見いだされており,大部分が異性愛者である」という。また「現在では事実上すべてのエイズ患者が血液中にHIVウイルスをもっていることが明らかになっている」]
 著者のテーマ2についての判定は「トンデモ度3」(まったくの誤り)である。

テーマ3「紫外線は体にいいことの方が多い」
 日光に含まれる紫外線が結核の治癒能力があることが実証されたのは,1903年のこと(発見者はノーベル賞を受賞)。それ以来世界各地に日光浴の施設が建設されてきたという。テーマ3への著者の結論は「トンデモ度ゼロ」(テーマは正しい)。
 ただし,日光浴(日光曝露)は皮膚の老化や日焼けを引き起こし,ことに皮膚癌の危険があるとされる。研究では,「大量の曝露を受けた」人々が黒色腫になる確率はそうでない人よりかなり高い,その一方では「職業的に日光曝露した人々」の方がそうでない人々より黒色腫になる確率は低い,ともいう。後者の理由は,日光曝露が長期・継続的になれば「皮膚の黒化と厚化という保護的なメカニズムを生じる」からだとされる。なお「日光曝露による黒色腫の相対的危険度は民族性や肌の色とも相関しているかもしれない。」日光の恩恵の中で重要なのは,米国人の主要な死因の一つという虚血性心疾患(冠状動脈性心臓病)に対して日光が有益な効果を示す見込みがある,ということだろう。[虚血性心疾患による死亡率が極端に高いのは,北アイルランドのベルファーストや英国の北西部全般などに共通しており,それらの地域は高緯度であり厚い雲に覆われていることが多くて,年間日光曝露量が乏しい場所である。]

テーマ4「放射線も微量なら浴びた方がいい」
 物騒なテーマである。
 大量に使うと有害な物質でも少量なら有益であるというのは「ホルミシス効果」というのだそうである。人体へのホルミシス効果があるものは「アルコール,日光,ヨウ素,銅,ナトリウム,カリウム,さらにはコレステロールさえ含めた多様な作用物質で実証されている。」そこで,放射線のホルミシス効果については,著者は多少は肯定的であって,“完全には否定されにくい”し,「トンデモ度1」とする。そもそも人間は自然環境の中で(空から降ってくる宇宙線,地面から漏れ出てくるラドン・ガスなど),たえず放射線を浴びてきた。[日本の原爆被害者の場合をふくむ細かいデータおよびそれらへの評価については,本書を参照。]

テーマ5「太陽系には遠くにもう一つ太陽がある」
 天文好きな人なら,わくわくするテーマであるかもしれない。夜空を無数に覆い尽くしているかに見える星たち。「肉眼ではほとんどの星が1つの点に見えるけれども,実際には連星は非常にありふれたもの」であって,「天文学者たちはたぶん恒星の大多数は連星なのだろうと考えている」というから,驚きだ。
 いま日本で評判の“恐竜”は,人類がこれまで生存してきた期間より80倍も永く地球上で繁栄してきたあげく,今から6500万年前に忽然と死滅してしまった。その原因は,直径10キロメートルほどの隕石が高速(秒速50キロメートル)で地球に衝突した結果だということがわかってきた(アルヴァレス父子の努力により)。
 隕石のタイプの一つに彗星がある。その彗星はこの太陽系の外縁を取り巻く球状のオールト雲からやって来るらしい。太陽の伴星(あると仮定;ネメシスと命名)は2620万年ごとに軌道を一周して,その周回のたびにオールトの雲を通り抜け,その度に多数の彗星を追い出す,追い出された彗星が隕石として地球を襲う──,ここで2620万年というのは‥‥地表上での過去2億500万年間の記録をたどると,2620万年ほどの間隔で周期的に大量絶滅(大規模5回,より小規模20回)が起こってきたらしい,という。これが事実なら,太陽の伴星ネメシスの存在の傍証となりえよう。
 伴星の存在など考えなくてよいとされる,別の可能性は──1000億もの星が巨大な円盤状に集合しているわが天の川銀河円盤の中央面を,太陽が上下の往復運動をしており,その周期が約6600万年(太陽系はおよそ3300万年ごとに銀河面を通過)だという,などなど。[これらの“証拠”に基づく推論の数々をたどるのは,スリリングな“読書の楽しみ”である。]
 結局,著者の裁定は「トンデモ度2」(かなり疑わしい)である。

テーマ6「石油,石炭,天然ガスは生物起源ではない」
 現代の世界の産業や経済を根底から支えているのは“石油”などの資源だ──ということを否定する者は,よほどの天の邪鬼だろう。そのかけがえのない石油は,あと数十年で枯渇するという。そうなったとき,世界の産業は,というより,現在世界の人々が享受しているこの“文明生活”はどうなるのだろう。人類の明日は危ういか?!
 石油は生物起源──「天然ガス,石油,石炭が化石燃料と呼ばれるのは,これらの物質は,何層にも堆積してできた植物遺体が長い年月にわたる熱と圧力による変成を受けて現在の形になった」ものだと,地質学者の大多数が考えている(多くの人が信じている“常識”の一つ)。
 天文学の学者でありながら,専門外の分野を含めて数々の珍奇な説で人を驚かせてきたトマス・ゴールドという人が,「炭化水素は現在信じられているような化石燃料ではなく,この地球という惑星のもともとの構成成分の一部であって,地球深部の地殻やマントルには,地質学者が考えているよりもはるかに大量に存在している」と主張しているという。「もしゴールドが正しければ」「深部にある石油や天然ガスの供給源が,地球上の今までに発見されたよりもはるかに多くの場所で発見できるようになる」だろうし,「現実の利益は途方もなく大きい」のは明白だ。[ちなみに「金星,火星,水星を除く太陽系のすべての惑星で,炭化水素が大量に存在する」ことがわかってきたし,「気体および個体の炭化水素は多くの彗星と小惑星でも見つかっているいるほか,星間空間においてすら発見されている」という。]
 著者は,ゴールドが取り上げた「石油や天然ガスが生物起源だとしたら理解が困難な15種類の異なるタイプの観察結果について,一つ一つ吟味していく。それらは「原油は生物起源説にそぐわない化学成分(異性体)を含んでいる」「深部の石油には生物の痕跡がない」「どんな深さにも炭化水素が見られる」などなど,そして近年うれしいことに日本近傍の深海に多量に発見されつつあるところだが,「メタンが生物学的にありえないような場所で発見されている」,すなわちメタンハイドレート(メタンと氷の混合物)である。[石油資源は限られているというイメージが行き渡ることが利益につながる集団,それは石油を高価に保っておきたい産業資本,石油会社の存在があることに注意。]
 ここまでくれば,著者のテーマ6に対する評価は明らかである,すなわち「トンデモ度ゼロ」(まったく正しい)。

テーマ7「未来へも過去へも時間旅行は可能である」
 著者の判定は? 過去への時間旅行については「トンデモ度ゼロ」(可能)。ただし「われわれが生きている宇宙での可能性に関しては「トンデモ度2」(かなり疑わしい)。
 未来については──「双子のパラドックス」で(理論的には)可能。[双子の弟が光速の98%の速さで地球を出発するとして,その弟にとって1年が経過したとき,地上に残った双子の姉の方は5年経過している,と計算される;ただし,弟が地球に帰ってきたとき,弟の体が安全かどうかは保証されないが。]
 過去への旅行については──「祖父殺しのパラドックス」がある。[過去への旅行が可能として‥‥Aという男が過去へ旅行して,Aのまだ独身だった祖父に出会い,何かのはずみにその祖父を殺してしまった。さて,殺された祖父にその孫Aが生まれてくるはずはない。解決策は「過去へ旅行したときのその宇宙は,Aが存在できる宇宙とは別の宇宙である」とする。または「過去へさかのぼることはできても,祖父は殺せない(因果律に逆らうことはできない);なぜか? 祖父が現存する“現在”で,まだ生じていない“未来”に手を加える(Aが存在し,行為する)ことは不可能である。]
 
テーマ8「光より速い粒子“タキオン”は存在する」
 「トンデモ度ゼロ」(正しい)。ただし,多くの物理学者の懸命の探索の試みにもかかわらず,その粒子はいまだに発見されていない。[1905年に発表した特殊相対論でアインシュタインは,光を超える速さが存在する「可能性はまったくない」と結論した。それがかえって,野心的で天の邪鬼な若い科学者の探求心を助長して,タキオン発見への情熱に火をつけたところもあるだろう。]

テーマ9「“宇宙の始まりはビッグバン”は間違い」
 「トンデモ度3」(誤り)。
 まず,ビッグバンの考えが出てきた“証拠”が列挙される──ハッブルの法則(遠い天体ほど速く遠ざかっている),宇宙背景放射の発見(それにはごく小さな“むら”があることも,ビッグバン理論を補強する),軽い元素の存在比,などなど。それらに対する準定常宇宙論(定常宇宙論の新型)──こちらの理論も,なかなかにおもしろい。それに,“宇宙に反物質がほとんど存在しない”ことが,問題を難しくしている。[というわけで,専門家でないわれわれ門外漢は,論争の行方を見守るしかない。“なぜ反物質がほとんど存在しないのか”については,わが日本の物理学者たちが理論・観察の両面で世界の最先端を走っている,というかから愉快だ。] 
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 ところで──著者が考える「トンデモ度」判定の基本的考え方は,本書の冒頭に列挙されている。たとえば‥‥「統計データを正しく使っているか」「論理の展開が回りくどく複雑過ぎないか(“オッカムの剃刀(かみそり)”の観点ではどうか)」などである。ともかく,本書は(小生のような素人にとっての)“頭の体操”にすこぶる適した本であることは“間違いない(トンデモ度ゼロ)”。



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