『動物の権利』
デヴィッド・ドゥグラツィア〔酔葉会:411回のテーマ本〕□

 “おもしろそうだな”などと思って本を開く。「おもしろい」というのが不穏当なら,“何か新しい知見が得られるだろう”と期待しつつ,新しい本を手に取り上げる。それが,今まで知らなかったことが豊富にある本だと,とてもうれしい。“知的興味をかきたててくれた本だ”としばしの満足感に浸り,少し感謝し,そして忘れてしまう。よほどのことがない限り,二度と思い出すことがない。
 いずれにしろ,私(評者)にとっての読書は,たいていの場合,知的レベルの範囲にとどまる。知的興奮を味わうのは,快楽だから,読書はやめられない。
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 この本『動物の権利』は,そうした“知的レベル”の段階にとどまることを拒否するかのようだ。そのかわり,「君は,肉食をどう思うのか」にとどまらず,「肉食は罪悪(道徳的に認めるべきではない)」のだから「肉食は止めるべきではないのか」と,責め続けて止まない‥‥そういう本だ。
 だから,肉食が常態である私は本書を読み続ける間中,“身構えて”いた。[宗教書でもない本で,行為を問いかける本に久し振りに出会ったせいでもあった。]
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1.動物の“立場
一口で言えば,本書の立脚点は「動物の立場を大いに認めよう,限りなく人間の立場に等しいところまで」ということだろう。
 動物は,もともと人間のために生きているのではない。動物本来の“生きる権利”をもって生存している。人間の側は,そうした動物本来の権利を(人間優位,人間の功利的目的のために)犯してはならないのだ。だから,「肉食」を当然視し,人間の立場しか考えない「動物愛護」など,即刻捨て去るべきである──これが著者の主張の基本線だろう。
 [人間社会において,肉食を直ちに止めて「植物食」に切り替えることが,果たして可能か(人間の食生活という“科学的視点”から可能か;人間の経済社会上の視点からはどうなのか)──という重大かつ深刻な問題への深入りは,ここでは止める。]
 では“動物のペット化と肉食を,一切止める”ことは現実的に実現不可能なのだから,どの程度まで許容すべきなのだろうか──論点はこのレベルまで後退せざるを得ない。

2.スライディング・スケール・モデル
 人間の功利的目的のためには,動物のどの程度の範囲でなら(肉食を含めて)“人間本位での扱い”が,“取りあえずは認められる”のだろうか。実は,それがなかなかむずかしい。そもそも,動物の(進化的レベルでの)段階の途中に“許容の線”を引くことが,きわめてむずかしい[アミーバーも動物の仲間だ]。
 ともかく(人間を最高の存在として)どのレベルまでなら,「人間が動物を勝手に扱うことを認めよう」とする,そのための“便宜的暫定的な尺度”として提案されるのが「スライディング・スケール・モデル」である(評者が見るところ,この尺度は理念としては成り立ち得ても,現実的尺度としては,きわめて曖昧模糊たるものであり,成功していない)。 
 死の危険にさらされた動物は,「不安」(や恐怖)でのたうちまわる。そうした「不安」の感情を持ち合わせる動物は,人間の功利的利用の対象から除外すべきでないのか。
 では──動物のどの進化的レベルまで,(不安などの)“感情”の存在が推定されるか。その範囲は少なくとも「鳥類・トカゲ・カエル・カメ(および硬骨魚類)」にまで及ぶ[抗不安薬の作用部位となるベンゾジアゼピン(精神安定剤)のレセプターの存在から推定]というから,人間が通常に動物として扱うほとんど全種目が含まれてしまう,というひどく厄介な事情が明らかにされる。

3.「動物をいじめるな」
 イヌ・ネコは,人間と共生する形で進化を遂げてきた。ウシやブタ・ニワトリも,家畜化された動物だ。動物の全種とは言わないまでも,少なくともこうしたペット動物・家畜動物はみだりに「いじめてはいけない」;
 動物園に行けば,“見せ物化された”野生種のサル・ゾウ・ライオンなどを見ることができる。人間が勝手に捕獲して連れてきたのだから,できるだけその種の野生の状態に近づけて飼育すべきである;
 人間の利益のためだけになされる動物実験(サル・マウスほか)は,かわいそうだ,止めるわけにいかないのか。せめて対象の動物が“痛がる・不安がる”ことがないような事前措置をほどこしておくべきではないのか;
──などなど,至極もっともな主張ではある。
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 「動物に人間と同等の“道徳的立場”を認める方向に限りなく前進すべきである(という著者の主張の),そのさし当たっての処方箋は,相当に緩和された形での「動物倫理の十五箇条」として,巻末に掲示されている(「不必要な危害を与えない」ほか;著者が別の本に示した基準;訳者による解説文中)。
 


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