『アメリカ帝国の悲劇』ジョンソン〔酔葉会:418 回のテーマ本〕○

 “新しい帝国が,世界を事実上支配している”という。その帝国の名はアメリカ合衆国。そのアメリカが“民主主義の大義のために”という“錦の御旗”を押し立てて,いま,(第一の子分,金持ち日本を従えて)“イラク解放”のために戦っている。[歴史上で,国家の“大義”や“正義”が正しかったためしがないことは,戦っている敵(相手側)からの視点を導入するだけで,容易に明らかになる。]

1.地球を取り巻くアメリカ軍事基地網
 世界中のほとんどの人は,アメリカの軍事基地が世界中に張り巡らされていることを知らない。そもそも当のアメリカ人自身がそのことをほとんど知らない,という。アメリカ国内では,その50の州に,965の独立した基地があり,世界では38か国に少なくとも725の海外基地がある,という。しかもその大半は,秘密のヴェールに包まれている。
 かつて“帝国”とは,もともと他国であった土地を力ずくで自国の領土に併合していく国のことであった。“新しい”帝国は,従来の帝国とは違って,領土は併合せず,他国の「領土の中に排他的な軍事地帯をもうけ(ときにはたんに借り上げて)植民地の帝国ではなく,基地の帝国を作り上げ」てきた。そしてそうした基地網は,拡張をつづけるアメリカの軍産複合体としっかりと結びつき支えられて,繁栄をつづけている。
 アメリカはそうした世界中の強力な軍事基地網を背景として,「人道的介入」と称して,世界の各地で武力を行使し,アフガンそしてイラクに“民主主義の輸出”のための先制攻撃を行ってきた。

2.巨大化する軍産複合体
 この新しい形の「帝国は,地球上のあらゆる大陸にある恒久的な海軍基地や軍用飛行場,陸軍駐屯地,情報収集基地,戦略的飛び地などで成り立っている。」その巨大な軍部と密接に絡み合い支えあっているのが軍需産業である。[すでに1961年1月17日,大統領ドワイト・D・アイゼンハワーは退任演説で「この巨大な軍部と大規模な軍需産業との結合はアメリカが新しく経験するものです」として,軍産複合体の国家政策における「不当な影響力を獲得しないように見張らねばならない」との警告を発している。しかし「1990年代,国防総省はライフルを撃ったり飛行機を飛ばしたりといったこと以外の考えうるすべての役務を外注に出しはじめ,軍産複合体の急成長するきわめて大口の新部門を産み出し」ている。]
 世界の何処かで“新しい戦争”が始まりそうになれば“生産される殺人兵器のはけ口(売り込み先)”が増えるのは当然であり,現在の「アメリカの武器セールスの規模は全世界の市場の44%を占め」るまでになっているという。実にアメリカは世界最大の武器セールスマンである。(「1997年から2001年にかけて,アメリカは448億2000万ドルの武器を輸出した。第2位の供給国であるロシアは173億5000万ドルを売った。」なお関連してアメリカの「民間軍事会社の収益が1990年の556億ドルから2010年には2020億ドルに上昇する」との予測もある。)アメリカの軍産複合体にとって,まことに慶賀すべき事態と言わねばなるまい![9.11のテロ攻撃は「いろんな点で,軍事予算を増やそうと決意をかためていたブッシュ政権にとって天の恵みだった」と著者は言う。]
 
3.海外軍事基地の任務
 「世界中のアメリカ軍事基地の多くは秘密であり,いくつかは便宜置籍国の国旗で偽装されて」いる。世界の二大覇者の一方のソ連の権威が失墜して以後,すなわち“冷戦後”のアメリカ軍事基地には5つの任務が課されている,という。
 (1)他国に対して絶対の軍事的優位を維持すること。(2)通信を傍受すること(民間人であろうが同盟国であろうが敵であろうが見境なく)。(3)できるだけ多くの石油資源を支配しようとすること。(4)軍産複合体に仕事と収入を提供すること。(5)軍人とその家族が(海外での勤務中は)快適に暮らせるようにすること。
 [725の海外基地の総代替価格は,国防総省によれば1180億ドル。2001年9月の時点で,25万4788人の兵員(民間人や扶養家族をくわえると,53万1227人に倍増)を153の国に派遣。]

4.世界の石油を支配せよ
 よく知られているように,“自国の産業保護”のためと称して京都議定書への参加を拒否しているアメリカは,石油資源の確保に異常なほどの関心を示している。
・1953年にCIAが,ブリティッシュ・ペトロリアムのためにイラン政府をひそかに転覆させて以来,アメリカの中東政策は(イスラエル支援をのぞいて)石油に左右されている。
・当然アメリカの関心は“世界最後の,大規模でほとんど未開発の”油田とガス田が集中するカスピ海盆に大きく向けられている。そこで,アメリカが強く実現したがっているのが,石油搬送のためのパイプライン計画である。[アゼルバイジャンのバクーからバツーミー経由でトルコの港ジェイハンに至るルート;トルクメニスタンからアフガニスタンを抜けてパキスタンのアラビア海沿岸に達するルートなど。後者の実現が,ブッシュ政権がアフガニスタン(アメリカが援助するパイプライン開発をかたくなにこばんでいたタリバンが支配していた)に対する攻撃を決定した最大の理由だった──と著者は言う。]
・現在の石油埋蔵量の世界第1位はサウジアラビア,第2位はイラク。「アメリカの政治的および軍事的関心の第一はつねに,友好的であろうとなかろうとほかの国がサウジの石油資源に干渉しないようにすることである。」[ブッシュ大統領と副大統領は石油会社の元重役であり,父親のブッシュ元大統領は巨大石油会社の自分の持株を売って大富豪になった人である。]
・アメリカがその存在を理由にイラク攻撃に踏み切った大量破壊兵器は,結局発見されなかった。だから,アメリカの本音はイラクの石油支配にあったと取り沙汰されている。[2003年4月9日,バグダッドに入ったアメリカ軍は,石油省の建物を効果的に守ったが,略奪者たちがきわめて貴重な収蔵品がある国立博物館を襲い,国立公文書館などに放火するのに無関心だった!]

5.アメリカの悲劇
 もし現在の流れが続けば,やがて4つの悲劇がアメリカを襲うだろうと,著者は危惧する。(1)世界のあらゆる場所でアメリカ人に対するテロが増加する。(2)アメリカ国内で,民主主義と国民の憲法上の権利が失われる。(3)プロパガンダや行政による情報操作がさらに横行する。(4)最後に,巨大な軍事関連費のゆえに,財政が破綻する。[ブッシュ大統領は(1)いかなる潜在的な競争相手に対しても,予防戦争を仕掛けることがアメリカの政策である,(2)自国の安全に対して脅威であると判断した世界のいかなる政府をも打倒する一方的な権利を持っている──と宣言した。] 
 ただしここで,評者(樺山)の希望的感想を付言すれば,極端に走りがちな“アメリカは,一方で,強力な自浄作用の国である”という点に望みを託したい。
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 最後に──アメリカの巨大軍事基地(嘉手納基地ほか)が居座る沖縄は,日米関係の歪みを,それによる悲劇を,一手に引き受けている,という現実の中にさらされつづけている。


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