盛岡でのシンビジュームの栽培について

 

はじめに

盛岡らん協会では、デパートなどで行われる蘭展において「らん栽培相談」コーナーを設けることがありますが、そこで聞かれる質問のほとんどは「シンビジュームの育て方について教えて下さい」というものです。ランと言えばシンビジュームと言われるぐらいポピュラーになってますが、実際は、葉は良く育つが花は咲かない、あるいはだめにしてしまうという方がたくさんおられるようです。私はシンビジュームをはじめ、カトレア、デンドロビューム、マスデバリア、リカステ、オドントグロッサムなどを育ていますが、シンビジュームを盛岡で育てるのは、決して容易ではないと日頃感じておりました。市販の園芸書ではどうしても東京中心の栽培法が記述されますし、また熱心にシンビジュームを育てていないような方も執筆されており、園芸書を読みながらシンビジュームを育てることも難しいと思われます。ここでは、特にホームセンターや花屋さんで売られている大型シンビジュームに的を絞り、その栽培のコツを紹介したいと思います。

 

シンビジュームのふるさと

一般の方が手に入れる大型シンビジュームの代表は、現在でもメロディー フェアー ”マリリンモンロー”やオールスター シリーズ、”あんみつ姫”で有名なラッキーフラワー シリーズなどではないでしょうか。これらのシンビジュームには、必ずエリスロスティラムというベトナムに自生する原種が大きな役割をはたしているのです。「らんを栽培するには自生地の環境に近づけるのが鉄則」ということが言われておりますので、エリスロスティラムの環境を調べてみましょう。

 

エリスロスティラムは、ベトナムのアンナン山脈の高度1500メートル(八幡平の頂上付近に相当します)の所に自生しています。ここの気象データーの詳細について、ベーカー夫妻のホームページ(http://www.teleport.com/~cmbaker/)のカルチャーシートに記載があります。そのデーターを下記に引用します。

 

JAN

FEB

MAR

APR

MAY

JUN

JUL

AUG

SEP

OCT

NOV

DEC

23.7

24.9

26.0

26.5

26.0

24.3

24.3

23.7

23.7

23.7

23.2

23.2

平均最高気温

10.4

11.0

12.1

13.7

15.4

15.4

15.4

15.4

15.4

14.3

12.6

11.5

平均最低気温

13

13

13

9

5

3

2

2

2

5

7

10

午前7時の晴天日 

8

8

8

2

0

0

0

0

0

1

3

4

午後1時の晴天日

5

23

41

117

231

155

196

208

257

246

69

33

雨量(mm)

 

ちょっとわかりにくいので、盛岡とアンナン山脈との気温を比較してグラフにしてみました。(Fig.1)



 

盛岡との相違点は以下の通りになるでしょう。

(1)盛岡の気温が最低最高とも自生地に近づくのは6月から9月までである。

(2)冬の最低気温は10度ぐらいは必要であるが、夏は少し暑すぎる。

(3)自生地では5月から9月までは午後1時の時点で晴れている日がほとんどないが、秋から春にかけて晴れている日が多い。岩手の沿岸部で夏に発生する「やませ」の状態に似ている。

(4)自生地の雨量は5月から10月まで多いが、冬は極端に少なくなる。

 

以上の点から次のような栽培ポイントがあげられます。

(1)5月下旬から10月上旬までは外で栽培するが、9月までは50%の遮光ネットの下に置き、葉の表面温度を下げるようにする。

(2)冬は最低温度が10度ぐらい、最高気温は20度を越えるような所に置くこと。

(3)肥料は雨量と共に増やす。すなわち5月から始めて10月まで施肥する。しかし8月は暑さのため株が弱るので、8月は休止する。

園芸書にはよく「春中頃から秋の終わりまでは戸外に出し、強い光に当てます」とあり、遮光ネットが必要でないような事を書いてますが、これは自生地の環境と全く異なります。自生地では5月下旬以降三陸の「やませ」のような霧が発生し直射日光はあたらなくなりますし、森林の木々が葉を出しますので、さらに遮光された状態で自生していることが予想されます。光が強すぎると蒸散作用の悪いシンビジュームの葉の表面温度は上昇し、ハダニがつきやすくなったり葉焼けしてしまいます。一度このようになった葉の機能は一生回復しません。

 

冬の最適温度を盛岡で保つことは大変困難です。なぜならばシンビジュームにとって最適な場所は人間にとっても最適な場所だからで、場所を取るシンビジュームを置くとすればどうしても、玄関とか廊下といった環境の悪い場所になってしまいます。玄関は日が入るとしても短時間でしょうし、早朝温度10度、日中温度24度を保つことは難しいのではないしょうか。どうか寝室とか居間とか環境の良いところにシンビジュームを置いてあげて下さい。

 

水やりについて

「冬から春にかけ、花芽が伸びてくる時期は、気温は低めですが、たっぷりと水を与えます。」という園芸書を見かけることがありますが、上記の自生地データーからすれば、その季節にはほとんど雨が降りません。もし盛岡で水を鉢の底から出るほど、あるいはバケツの中に株をつけて水をすわせるような水やりをしますと、1カ月以上も鉢の中の水はなくなりません。「寒いのに水がいっぱい」という環境にしますと、シンビジュームはカゼを引いて根ぐされしてしまします。冬に部屋に取り込んだら、鉢の半分ぐらいが湿っているような感じで水をやります。温室のように条件の良い場所にあるシンビジュームでも1週間にコップ1杯以下でしょう。水の量は鉢を手に持って重さで推定します。軽ければ水を少しやります。さらに良いことは、日に数回霧吹きをすることです。空気が乾燥してあなたがお茶を飲みたいときには、シンビジュームも霧吹きがほしいときです。

 

肥料の与え方

シンビジュームは肥料食いといわれておりますが、雨水だけで育てても花を見ることができますので、花が咲かない理由は決して肥料をやらなかったせいではありません。しかし肥料をやりますと株が太り花の数が増える傾向にあります。私のやり方は次の通りです。ホームセンターで「発酵済み油粕+骨粉」の粉末を一袋買ってきます。「発酵済みの粉末」というのがポイントです。それをボールに入れて水で練り、スプーンですくい取ります。6号鉢で山盛り1杯を基準として、それより小さい鉢には量を減らして、鉢のコンポストの上にのせます。肥料をやった日には水を与えません。当日水をやりますと粉末がコンポストの中に入って将来的に悪さをします。5月1日、6月1日、7月1日、9月1日、10月1日と5回肥料をやります。前月の肥料は出来るだけ取り除きます。液肥はほとんどやりません。固形の肥料もありますが、どうも肥料の流出が悪いような気がして使ってません。株分けした株とか、根ぐされした様な弱い株の場合には、9月頃一回だけ肥料をやります。

 

「芽かき」について

株が立派に育っている場合、人間が新芽を積極的に除去する(芽かき)ことは多くはありません。なぜなら、一つのバルブから2つの新芽が出たとしても、株が元気であれば2つとも育てることが可能ですし、3つも新芽が出るということはほとんどありません。株が子孫を増やそうといくつも新芽を出すときには、根ぐされさせてしまった場合が多いのですが、その時には1つだけ新芽を残してあとはかいてしまいます。また親バルブがあまり大きく成長しなかった場合にも、新芽を1つだけにすると、来年はそのバルブが親よりも大きくなります。このように、芽かきというのは「○月から○月まで出た新芽は、全て取り払う」とは一概に言えないのです。盛岡のように暑い時期が短い所では、来年の1月頃新芽が5センチ以上伸びているようすることを目標とし、来年の10月上旬にはバルブを完成させてしまうような栽培法をすることがベストです。そのためには、今年の9月末までに出てきた新芽は取ります。そうしますと1カ月半後の10月中旬には、また新芽が出ますのでそれを来年成長させます。10月以降に出てきた新芽はそのままそれを育てます。新芽を取る時には、花芽と間違えないようにします。エリスロ系の大型シンビジュームは7月頃に花芽が出てくることがありますので、十分注意してください。

 

株分けについて

シンビジュームの開花株を冬に買ってきて、次の年の春になりますと、すぐ株分けをしたくなります。しかし株分けを行いますとその年にはなかなか花は咲きません。株分けという行為は、開花株をかなり弱めてしまいます。シンビジュームが本来の美しさを発揮できる株の大きさは、7ー8号ぐらいの鉢の大きさの時です。ですからその大きさになるまで株分けせず、鉢増しで栽培することが成功の秘訣です。

 

6号鉢の鉢増しを例にとって説明しましょう。まずプラ鉢を抜き取ります。根の部分を水平に1/3-1/2にカットします。くさった根は取り除きますが、できるだけ根はほごさず7号鉢にそのまま入れます。ホームセンターで「ネオソフロン」のMタイプと軽石を買ってきて、それらを混合(1:1)し隙間に詰めます。鉢増しは株にそれほどストレスを与えませんので、通常通りの水やりと肥料をやります。

 

株分けの時の切断部位は、切断後、新芽+親バルブ+お爺さんバルブの3つが一塊として取れる部位に設定します。新芽側のコンポストははずさないよう気をつけてください。

 

株の切断には、ハサミやナイフを使用しますが、ウイルスの感染を防ぐため、カートリッジ式のガスバーナー(市内のDIY店で2000円ぐらいで売ってます)や、消毒薬で処理することも忘れないで下さい。

 

病虫害について

シンビジュームで一番やっかいなのは「ハダニ」の付着です。冬から春にかけて空気が乾燥しますので、そのとき大発生することがあります。大気中を乾燥させないことや葉にシリンジすることが大切ですが、それでもなかなかコントロールできないのが常であります。専用の薬剤の噴霧すれば良いのですが、盛岡では外に出して噴霧すると花芽やつぼみが凍ってしまいますので実際的ではありません。そこでティシュを水で濡らして、葉を一枚一枚拭うことがたいへん効果的な防除法です。ハダニは葉の裏についてますのでそこを拭うようにします。新葉は弱いのでティシュで拭うとき葉が抜けてしまいますので気をつけてください。これは冬から春にかけて定期的に1カ月1回やるだけで十分です。株を外に出す季節(遮光ネットの下に置きますが)になりますと、ハダニはつかなくなります。

 

最後に

シンビジュームはランを栽培する人が一番最初に手にする品種であり、また一番最初に栽培しなくなる品種というのは非常に残念です。その主なる理由は、栽培の難しさと栽培スペースの問題でしょう。盛岡で栽培するときには、特に冬から春までの管理に注意してください。その季節さえ越えれば盛岡の夏は涼しいので栽培は非常に楽なものです。そして幅が14センチもある大きな花をあなたも咲かせて下さい。

M.Shozushima