雲南省少数民族の文化
           3 白族(ペー族)の歌垣















娘たちのグループ。歌い手は隠れて見えない。     中央は男の側の最初の歌い手、ルーシンフォア


 わたしは、古代文学の研究者工藤 隆が数年前から調査している、白族(ぺー族)の歌垣の調査を、工藤 隆とともに1997年から続けている。その成果は、『中国少数民族歌垣調査前記録 1998』(大修館 2000年5月刊行)にまとめたので、是非、ごらんいただきたい。
 ここでは、その調査記録の一部を紹介しようと思う。
 雲南省剣川県の石宝山という場所で、毎年歌を掛け合う祭りが行われる。日本で言えば、万葉の時代にあった筑波山の歌垣と同じようなものだと思えばよい。
 ここに毎年通っているのだが、1999年に取材した歌の掛け合いを紹介する。
 車や人々の行き交う広場からすぐ近くの山の斜面で、歌の掛け合いが始まった。女性数人のグループと、一人の男とが歌を掛け合い始めた。歌を歌っている女は連れの女たちに囲まれて姿は見えなかったが、男は、ルシンホアという名の近くに住む青年だった。彼はいままで何回か取材しているので顔見知りなのだ。しばらく歌のやりとりが続くと、男の歌い手は別の男に交代した。その男と女の歌の掛け合いは次第に険悪なものになり、女の方は歌をやめてしまった。そのやりとりを聞いていたもう一人の年輩の男が歌で取りなしたが、結局、女達のグループは、帰ってしまった。
 この歌垣は、男が女を侮辱して女を傷つけるというものである。ある意味でとても珍しい。そのやりとりを、ここに載せる。白語から中国語への翻訳は、施珍華(白族の研究家)、中国語から日本語への翻訳は、張正軍(雲南大学助教授)による。日本語への文章化は、私(岡部)と工藤隆が担当している。より正確な文章は、『中国少数民族歌垣調査全記録』でお読みいただきたい。歌の掛け合いの文章の後に、この歌垣をめぐる施氏の講評を載せておいた。とても参考になると思う。

1999年9月7日 石宝山での歌垣 
 対歌台のある広場への入り口へ入ると、左に登る山道がある。そこを二十メートルほど登った道のあたりで、白族の民族衣装を着た娘達5、6人のグループが固まっていて、その中の一人が、男の歌い手と歌い出した。男はルーシンフォアで、われわれとは顔見知りの歌い手である。下の広場の入り口では、人混みの中を車がクラクションを鳴らしながら通るので、その掛け合いの場所は、歌う声がかき消されてしまうほどにうるさい。その山道は、広場へ行く通路になっているので、人がひきりなしに通り、足を止めては、彼らの歌に聞き入る。  

男1:風は南から北に向いて吹いてきました。風とともに私の妹も私のそばに吹いて(やって)きました。
こんなにたくさん人がいるなかであなたは一番美しい人です。ほかの人も私と同じ意見だと思います。
あなたの前にいると心が暖かくなっていくような気がします。妹はここにいるので、私は林の中にいても寒いとは思いません。
今日はまだ早く、日が沈むまではまだまだ時間があります。

女:兄よ、あなたが来たので私はもうここを離れたくありません。
ここで歌うのはただの遊びでおもしろい思うので歌っています。
あなたのおっしゃった通りに陽はまだ頭の上にあります。
陽が沈むまでにはまだまだ時間があります。
私が心配しているのは、私の歌が下手なのであなたに嫌われはしないかということです。

男1:あなたはあまりに謙遜していますね。あなたの歌は一番上手です。
今日はまだ時間があるから二人でじっくり歌いましょう。
私はあなたのことを三時間ほどさがしましたが、やっとここで見つけることができました。去年も私たちは出会ったように思いますが、どうでしょうか。

女:そう言われると確かに私もあなたとどこかで出会ったことがあるようです。
私はお兄さんがここにいるからこの山に登ってきたのです。
私は歌える歌が少ないのでたぶんあなたの歌の相手にはなれないでしょう。
もう歌ははじめたのですから、とにかくどこまでも歌いましょう。

男1: 妹よ、あなたは若い。私と恋愛できる年齢だと思います。
私が一緒にいると楽しい人だということを、あなたはきっと理解してくれるでしょう。
私の歌は下手ですけれども気にしないでください。
ただあなたが歌を歌いたくなるのではないかと心配しています。
あなたは私に会いにここに登ってきたといいました。私はそれを聞いてとてもうれしいです。

女:お兄さん私のそばに来て歌ってください。そこは道ですから邪魔になります。
私はここに咲いてる花です。ミツバチであるあなた、花のところへ飛んできてください。
花とミツバチが別れ別れになって一緒にいないのはよくありません。
是非私のそばに来てください。
別々にいるところをみんなに見られて恥ずかしいです。

男1:あなたのそばに来てくださいと誘われてとても嬉しいです。
そうしましょう。わたしたちが友達になることはとてもいいことです。
あなたのところに来てくださいと誘われたのですが、しかし、今のところ私はあなたの顔も見えません。
あなたのところへ行って、ほかの人と間違えたら恥ずかしいです。

女:こんな昼日中なのに私の顔が見えませんか。
あなたが謙虚なかただと私は知っています。私はあなたを見たことがあります。
石宝山であなたに会ったことがあります。あなたが歌の上手な方なのは知っています。
私たちは会ったことがあるのですから、心配なさらずにここに来てください。
 (女がこのように歌うのは男1が実際に石宝山ではかなり知られ始めている常連の歌い手だということになる)

男1:私はあなたのことを知りません。顔を私の方に向けてくれませんか。そうすればはっきりとあなたの顔がわかります。
あなたは人垣)の中に隠れているので私はどうしても見ることができません。
ほかの人と間違わないように顔をはっきりと見せてください。
どうか遠慮しないでこちらを向いてください。

女:恥ずかしいというのではないのですが、今は昼間なので、あなたと直接会うのをためらっているのです。
もしも私の村の人に見られたら噂を立てられますから。
また、あなたがもし結婚していれば、帰ってから奥さんに叱られますから。
そういうことをいろいろ考えるので、立ち上がって歌う勇気がありません。

ここで男の歌い手が男2に交代
男2:私もあなたのお兄さんですからふたりで歌いましょう。
私もあなたに出会った人の中の一人です。あなたと何かの縁があると思います。
出会った場所が道でも、歌垣をしてもかまいません。
あなたは歌がお上手ですから是非あなたと歌を歌います。

女: ちょうど私には歌の相手がいないところでした。
先ほど私は山を下りかけましたが、振り返るとあなたが見えたので戻ってきました。先ほどの男の方との歌は中断してしまいましたから、私はあなたと歌うことができてうれしいです。
あなたも歌がお上手ですね。歌いましょう。あなたが歌を歌ったら、私もその後を歌います。
(女は歌が中断したと言っているが、実際には、男2が歌を横取りした形になっている。そのことにあえて触れないようにしているところに、女の配慮がわかる。男1はこの後も、三弦を引きながら歌の行方を見守っている。)

男2:あなたが歌い終わったら私もすぐ歌います。まるで私の愛人と歌っているようです。
(女たち、笑う)
私はあなたを見かけてから、ずっとあなたを待っていました。
せっかく出会うことができたのですから日が沈むまで歌いましょう。
あなたはとっても美しい花ですので一緒にいたいのです。

女:私と一緒にいてもかまいませんが、今日は私と歌いたがっている男の人多いようです。
ずっとあなたと歌っていたら、先ほどの男の人が嫉妬をするでしょう。
私は一人ですから、あなたがた二人と歌うことができません。私は困ってしまいます。
できれば、あなたたち二人のうちの一人と歌いたいです。

男2:私たち男二人は一人のようなものです。どちらが歌おうと歌うのが一人なら同じことです。(女たち、笑う)
一本の足で二つの船をまたいでもかまいません。(一人の女性が二人の男性を愛してもかまわないという意味)
わたしたち男二人は、一人はあなたの南側に、一人はあなたの北側にいます。
こういう位置にいますから、ちょうどあなたは真ん中で、二人と遊ぶことができると思います。
(実際には男二人はごく近くに並んで座っている)

女:私は肝が据わっていますから、、一人が南に、一人が北にいてもかまいません。
あなたも、あなたの隣の男の人も(男1を指す)歌いたい。私はどちらの人についていけばいいのでしょうか。
歌うことだけなら何の心配もしていません。
私を二つに割って半分ずつあなた方にあげるのは不可能てす。

男2:あなたは私たち男二人と歌うと言いましたから、私も歌います。(笑い声)
今日私たち二人が、一人の女性と歌うことができてなによりうれしいです。
一人があなたの前を歩き、一人があなたの後ろを歩けば、あなたの前と後ろを守っていることになります。
私たち二人のうちの一人は必ずあなたの夫になります。

女:そのような話を聞くと、どちらの人と歌ったらいいか迷います。
私がどちらと歌ったらいいのかあなたがた二人で相談して決めてください。
前にも後ろにも男の人がいるのを、人に見られたら困ります。
私は悪い女だと、必ず人に笑われるはずです。

男2:あなたの話はとても気にいりました。是非私を選んでください。
私は世話をするのが上手ですから。かならずあなたに満足してもらえるでしょう。
今までたくさんの女性と出会いましたが、気にいった女性は一人もいませんでした。
私が気にいったのはあなただけです。
妹よ、私を歌の相手にしてください。

女:私もあなたがた二人のことをよく見ていました。先ほどの男の人も、あなたのこともよく見ました。
あなたを選んでもいいです。先ほどの男の人はもういらないです。
私の周りにいる女性たちも同感だと思います。やっぱりあなたの方がいいと思います。あなたと一緒になら、私は顔をあげて堂々と歩いてもいいです。

男2:私もあなたのことをよく見ました。あなたが歌った歌はとてもおもしろいです。
あなたは歌が上手だけではなく腕もあると思います。(いろいろな方面で能力が高いという意味か)
あなたはなににつけてもすばらしい。
すばらしい妹よ、もうここまで話したのですから、私のそばに来てください。

女:あなたのところへ行って、道の真ん中へ立つのはよくありません。
もし私のところへ来れば、私の前の女性たちが人に見られないように私たちを隠してくれます。
私たちは、前の女性たちの後ろに隠れてこっそりと歌いあうのが一番いいのではないでしょうか。
もう私はあなたを誘いました。来るか来ないかはあなた次第です。

男2:私があなたのところへ行かないのは、それが恥だからではありません。
もし本当に行った方がいいと思えば自分から近づいていきます。
周りにこれだけたくさんの証人がいるのですから、あなたは安心して私を選んで大丈夫なのです。
だから、あなたがわたしのそばに来ることに何の問題もありませんよ。

女:妹の私は字が書けません。字が書けるあなたはそのことを気にしない人ですか。
あなたが私の方に来る方が道理にあっています。
男なのに私のそばに来る勇気がないなんて人に笑われますよ。
私のそばに来たくないというのなら、もういいです。

男2:妹よ私は白い馬で、あなたは金の鞍で、とてもよい組み合わせです。
あなたが許してくれれば、そこへ行くのはもちろん、あなたの家に婿に行ってもかまいません。
みんなの前で堂々とつきあって、大勢の客を招待してごちそうをし、披露宴をしましょう。
前にいる邪魔者たちちょっとどいて、私はあなたのところに手を取りにいきます。(周囲、笑う)

女:私たちはただここで歌を歌うだけですから、そういうことはしないでください。
きれいか醜いかなど、どうでもいいことです。ただ、歌が上手であればいいのです。
愛情いっぱいに歌えばいいのです。
お互いに気に入ったら、長く歌い続けましょう。

男2:私は必ずあなたを妻にします。私の妻になれるかどうか心配しないでください(周囲、笑う)
あなたを妻にしたら大事にします。あなたに噛みついて食べるなんてしません。(周囲、笑う)
私はただ情の深い、良いことしか言っていないのに、あなたは意気地のない人ですね。
あなたは肝が小さいようです。
私は肝の据わった男で、あなたが思っているような意気地なしではありません。

女:あなたはお世辞が上手で、良いことばかり言っています。
あなたが良い言葉をすべて言ってしまいましたので、犬が舐めてももう何も残っていません。
私まだ若いですから、お婆さんではありません。
私は本当のことを言ったのですから、ぜひ私を信じて下さい。
(男2しゃがみ込む、次の男2の歌まで14秒間あく)

男2:いいですよ、いまふたりで約束して別のところへ行きましょうか。
人のいないところへ行って、密かに話せば心が通じます。
(8句のうち半分の4句しか歌わなかった)

女:兄よ、あなたは変な人ですね。歌っている途中でしゃがみこんでしまいました。(連れの女たち笑う)
あなたが立ち上がって歌う勇気がないのは、相手に失礼なことをしていると思う気持ちがあるからです。
立ち上がって人の前に姿を見せることができない人なら、私はあなたを要りません。
あなたは、いったんしゃがんだら立ち上がれない人なのですね。(周囲、笑う)

男2:あなたは理由を作っていますね。たぶんおなかが空いたので食事がしたいのではありませんか。(愛情に飢えて愛人を求めているの意か(周囲、笑う)
あなたがそんなに愛情に飢えている人なら(あなたは、どんなに男がいても決して満足することがないほど男好きで、いつも愛情に飢えているという意)、私もあなたを要りません。(周囲、笑う)
あなたのような女性なら、歌わなくても、手を振っただけで男はついてきますよ。
私もはっきりといいます。もうこれでいいと言うのなら、これで終わりにします。

女:あなたは肉のついていない、骨だけの人間です。
あなたは三世代もの長い間女性に会ったことがない男でしょう。(連れの女たち笑う)
互いに出会って歌い合うのですから、良いことだけを歌えばいいのです。相手を侮辱することはよくないことですが、あなたが言うので私も言い返すのです。
やはり縁起のいいことを歌いましょう。そんなに人を侮辱するのはやめましょう。

男2:たぶんあなたのような女性が一番可愛いのだと、私は今思っています。(周囲、笑う)
あなたのように(愛情に)飢えている女性が一番いい妻になるでしょう。(周囲、笑う)
これから縁起のいい言葉で歌いましょう。
先ほどあなたと歌っていた男にも伴奏をしてもらいます。
あなたもそういう気持ちがあるのなら、良い言葉で歌いましょう。

女:さっきは曇の空になりましたが、今また晴れてきました。
兄よ、あなたの顔は空のようにいつも変わりますね。
それじゃ、あなたが南のに向いて歌ったら、私も南について行きます。あなたが北の方に向いて歌ったら、北に、ついて行きます。
私も世の中のことは知ってますから、あなたのような男の人を怖くはありません。

男2:妹よ、あなたはそこにずっと隠れていて、どうして出てこないのですか。
周りの人がこれほど期待しているのに、どうしてあなたは出てこないのですか。
もしもっと早く出会っていたら、あなたの性格の悪さがわかったでしょう。
もし私がこんな人を妻にしたら、村中の人があなたのことを怖がるでしょう。

(しばらく歌が中断、女は歌を返せないでいる。女の周りの女性たちは、冗談だから、風に吹かれ、雨に降られて流されて行ってしまうようなものだから、気にしないで、本気にしないでもって歌いなさいよ、などと口々に言っている。3分半ほど気まずい雰囲気が全体を覆う。すると、3人目の男が歌い出した。)

男3:皆さんが歌わないので、私が代わりに歌いましょう。もし私が歌わないとあなた(女を指す)が歌わないから。
私はもう年寄りですが、歌ってもかまわないでしょう。また続いて歌いましょう。
妹よ、私たちはあなたの歌を聴きに来ました。このまま歌をやめてしまうのはよくありません。
妹よ、あなたは私の家にいる妹によく似ています。
私の妹ではありませんが、私の新しい友達になってくれませんか。

(女たちは逃げるように一斉に坂を降りて行ってしまう。周囲の見物人から、「追いかけろ、追いかけろ」、「アーホイ、アーホイ」と囃す声。)

上記歌垣に関する施氏のコメント
通訳を終えた施氏に、この歌垣について尋ねた。以下、答えるのは施氏。
Q/この歌垣をどう評価するか。
A/ 言葉は新鮮で、俗っぽい掛け合いではなかった。
Q/女性の方の歌も悪くなかったのでは。
A/女性は、相手の侮辱の言葉に負けずに、もっと良い言葉で歌いましょう、と言った。しかし、「おなかが空いている(男の愛情に飢えている)」という侮辱の言葉に耐えられなかったようだ。
Q/男が、そういう言葉を使ったのは、相手との高いレベルでの応酬を期待した挑発だったのか。
A/こういうふうに歌えば、自分が勝ち相手が負けると思ってわざとこう歌っている。女性も侮辱の言葉を言えるのだが、相手に失礼だから遠慮しているだけだ。
Q/最後は勝ち負けを競っていたのか。
A/そうではない。負けたということではなく、自分が侮辱されると、悪い噂がたって自分の名誉にかかわるので、歌を続けるのが嫌にになったのだろう。
Q/この場合結果的に女が負けたということになるのか
A/どっちが勝ったか負けたかという判断をするなら、(施さんの評価では)男が負けた。男の方はもう上品な言葉で歌い続けることができなくなって、どうしようもなくて相手を侮辱する歌になってしまったからだ。
Q/理想的には、どちらも褒めあってずっと長く続いていく歌がいいんですね。
A/そうだ。私があなたのどこが好きだと、互いに褒め合う歌がいい。この女性は二人の男性を相手に歌ってもかまわなかったのだが、二番目の男の言葉があまりにひどいので相手にしたくなくなったのだ。
Q/最初に優しく歌った男はルーシンフォアという人だったが(これまで何度か取材をしている歌い手)。
A/そうだ。女性に対してもう一つ失礼だったことは、ルーシンフォアとの歌の勝ち負けがついたわけではないのに、後の男性が途中から割り込んできたことだ。
Q/男性の失礼な歌に対して、もし女性がもっと侮辱的な言葉で言い返し続けたら、この歌垣はどうなっていたか。
A/どっちが勝つかはわからないが、二人ともお互いに傷ついて終わるだろう。周りで見ている人は面白いから笑うだろうが、結局、二人にとっては不愉快なだけで、プラスになることはない。女性の方は2番目の男性との歌の掛け合いの途中で、侮辱的な歌の掛け合いを止めて、良いことを歌おうと流れを転換しようとしたが、男性は女性の気持ちが理解できなくて、侮辱的な歌い方を止めなかった。
Q/ルーシンフォアはいつも上品な言葉で歌うが、歌い手によって歌い方に癖があるのか。
A/癖と関係はあるが、それにしても相手を侮辱する歌い手は珍しい。
Q/2番目の男性の言った「溌辣(ポーラ)」(悪どい)という悪口は、女性に対してはめったに使わないものなのか。
A/本当にめったに使わない悪い言葉だ。
Q/それでは、何故、あの男性はそんなに意地の悪い歌を最後まで歌いつづけたのだろう。
A/それはもしかしたら歌い手としての癖かもしれない。人を侮辱するのが好きなのかもしれない。しかし、女性の方が同じように悪口で言い返したら、この男性は負けてしまうと思う。
Q/女性の歌う能力は大変高いと見たわけですね。
A/高いとは言えない。ただ、侮辱的な言葉を使って勝ちたい人は歌のレベルが低い。他の方法がないからそういう言葉を言って勝とうと思うのだ。
Q/女の人の歌のレベルはどうなのか。本気で侮辱的な歌の応酬をしたら男性に勝つか。
A/必ず勝つと思う。人を侮辱する言葉を使うことに関しては女性の方が強いんです(笑い)。特にぺー族の女性は強い。
Q/女は最初から最後まで何人かの女性の後ろに隠れていて表に出てこなかった。男はそれを理由に悪口を言っていた。あのように、いつも人の後ろに隠れて顔を見せないのは、よくないことなか。
A/あれは仲間の女性たちが彼女を守っているからだ。男性の中には、だんだん近づいてきて、抱きつこうというような男もいるから。夜なら顔が見えないので隠れる必要はないが、昼間で、いかも道のそばでもあるので、顔を見られるのはよくないと思っている。私は懐中電灯を持って歌垣している人を見に行ったことがあるが、夜の場合はほとんどが二人一緒に並んで歌っている。
Q/そうすると、結局、あの男性は、少し礼儀のない男で、今日は何かいらいらすることがあってああいうふうになっちゃったのかもしれない。
A/9月5日の夜、大理州の文化連合会の人たちがライトをつけて取材をしたが、ライトに照らされた歌い手達は恥ずかしくて歌を止めてしまった。やっぱり、歌を歌うには、相手がはっきり見えない状態の方がいい。
Q/最初のルーシンフォアから次の男性に歌い手が交代したわけだが、女の方から、歌い手を選ぶことはできないのか。例えば、前の男性に代わってほしいというように。
A/女性の方は二人の男をどちらも傷つけないようにしている。男たちが相談してどちらかが歌うことになれば、女性はその男性を相手に歌う。もし、女が一人を勝手に選んでしまうと、選ばれなかった男は、嫉妬したり勘ぐったりしてしまう。メンツを失ってぐすぐずと悪いことばかり言う。だから、この女性は、賢い選び方をしたと思う。
Q/施さんの講評のおかげで、この歌掛けが、めったにないユニークなものであることがわかりました。
A/以前、歌垣には幾種類かのパターンがあると話したとき、工藤先生は「人を侮辱する内容の歌垣にはまだ出会っていない」と言いましたが、やっと出会いましたね。
Q/このような歌のやりとりに今まで出会ったことがあるか。
A/ある。それは、一生忘れられない。一人の爺さんが一人の娘さんを相手にどうしても歌いたかった。女性の方はそのような爺さんと歌うのが嫌で、爺さんを侮辱する。どのように言ったかというと、「おまえはもう死にかかっている」、「おまえはもう人間じゃない」、「おまえは弓だ(弓のように背中が曲がっているという意)」、「もう下顎はない、それども美しい花を探すのか」。このような言葉で歌った。そのお爺さんはずいぶん前に死んだが、そのお爺さんを侮辱したその言葉をまだ覚えている。この歌垣のことは広く世間に知られていて、人々はその言葉をよく覚えている。
Q/相手を侮辱氏合う歌垣というのは、長くは続かないように思うのだが、長く続く場合もあるのか。
A/確かに侮辱的な言葉を言い合う歌は長くは続かないものだ。ただ、続けば侮辱の程度はだんだんひどくなるものだ。
両方とも気分を害して、ますます悪い言葉を言い募って終わることだろう。
Q/そういう歌が出ると、それは世間で有名になってしまうのか。
A/確かに伝わる。
Q/全体としてこういう歌は少ないのですね。
A/基本的に歌垣は相手を尊敬し合って歌うものだ。

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