淡路 養宜館



お城のデータ
所在地 兵庫県南あわじ市八木養宜中
遺 構 土塁、堀跡
形 式 平城(館) 築城者: 細川師氏 築城年代: 暦応3年


見 ど こ ろ

 養宜館は、「大土居」とか「御土居」と呼ばれていて、館跡の大土塁が残っているため、こう呼ばれている。

 館の規模は、東西120m・南北250mの長方形をしていて、現在でも東面と北面の大土塁が良く残っている。 この土塁は、約4mの高さがある。

 また、この土塁の周囲に幅約5m程の堀があったようだ。 しかし、今では埋められて道路や民家などに姿が変わってしまったが、北側の土塁外側に僅かではあるが堀跡を見ることが出来る。


歴     史

 養宜館は、南北朝時代の暦応3年に足利尊氏の命を受けてた細川師氏が淡路の宇原兵衛ら南朝方を立川瀬の合戦で敗り淡路を平定した。

 師氏は、鎌倉時代の淡路守護であった長沼氏の居館跡とも云われているこの地に守護所として館を築いたのが養宜館である。

 淡路細川氏は、7代に渡って淡路守護として君臨したが、細川尚春の時、永正14年三好之長が淡路に攻め込み、尚春は戦い敗れて和泉へと去った。 永正16年に淡路に戻った細川尚春は三好之長によって殺され、淡路細川氏は滅亡した。


お城へのアクセス
鉄 道: 淡路交通バス/洲本〜中八木
 車 : 神戸淡路鳴門道洲本IC〜国道28号線〜県道477号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
南北朝時代から室町時代の守護所の遺構として貴重な史跡。

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