因幡 若桜鬼ヶ城



お城のデータ
所在地 鳥取県八頭郡若桜町若桜
遺 構 天守台、曲輪、石垣、空堀
形 式 山城 築城者: 矢部若狭守 築城年代: 応安2年


見 ど こ ろ

 鶴尾山山頂に築かれた総石垣づくりの城、鬼ヶ城の名にふさわしい城だ。

 城跡へは、若桜小学校の脇から若桜弁財天へ通ずる道を進むと登城口の標識がある。 また、直進すると城跡へ通ずる城山林道があり山頂近くまで車で行ける。 駐車場から馬場を通り三の丸まで約15分ほど。 三の丸には、木立の中にひっそりと櫓台・大手門の崩れた石垣がある。 

 主郭部の最高所に本丸が配置され、北に向けて二の丸・若桜丸が階段状に築かれている。

 本丸には天守台が残っていて、大きさから見て、三層の天守が建てられていたのではないかと思われる。 天守台からの眺めはすばらしいもの、しばし時間を忘れてそこに立ちつくす。

 破却された石垣、その石垣を覆い尽くすように茂る草木、綺麗に復元整備された城跡よりも、「兵どもの夢の跡」の風情がそこにある。 


歴     史

 応安2年、矢部若狭守の築城と言われている。 築城後、矢部氏16代の居城となっていた。

 永禄年間に尼子勝久・山中幸盛が攻め落としこの城に拠っていたが、吉川元春によって攻められ落城した。

 天正6年には、羽柴秀吉による因幡侵攻があり、秀吉はこの城を攻め取ると、この城を拠点に因幡鳥取城攻略戦が行われた。 因幡平定後、荒木平大夫(木下重賢)が2万石で城主となった。 木下氏と次の山崎氏によって、城は石垣造りの近世城郭へと改修された。

 慶長5年、関ヶ原で西軍に与した木下重賢は改易となり、替わって摂津三田より、山崎家盛が25,000石で入封する。 

 元和3年、2代家治は備中成羽に移封され、城は廃城となった。 山崎氏転封後、若桜領は鳥取池田氏の領国となり、元禄13年には池田光仲の子清定が15,000石で分知され、以後6代続いて明治に至った。 若桜池田氏は、定府大名で鳥取新田藩と呼ばれた。 


お城へのアクセス
鉄 道: 若桜鉄道若桜駅〜徒歩 or タクシー
 車 : 中国道山崎IC〜国道29号線
駐車場: 城山林道の終点に無料駐車場あり。(約20台程度)


ひとくち MEMO
播磨への街道を押さえる総石垣づくりのお城。

鳥取県のお城
一覧表へ
トップページへ 若桜町商工会のHPへ

山陽・山陰のお城
岡山県広島県山口県鳥取県島根県