豊前 宇都宮氏館



お城のデータ
所在地 福岡県築上郡築上町松丸
遺 構 曲輪、土塁、堀跡
形 式 居館 築城者: 宇都宮鎮房 築城年代: 天正年間


見 ど こ ろ
(館北側の土塁と堀跡)

 宇都宮氏館は、城井川に沿て南北に延びる城井谷の中央部に位置し、城井川左岸に面した低い台地を利用して築かれている。

 館の縄張りは、東西約120m×南北約150mの長方形をした居館形式で、東側を除く三方に空堀が巡らされていた。 発掘調査の結果、25棟の建物や柵が建てられていたとか。

 現在は、館内は畑地・果樹園となっていて立入禁止となっているが、館周囲の堀跡は、道路や畑となっていて遺構確認することができた。


歴     史
(館 の 内 部)

 宇都宮氏館は、天正年間に宇都宮(城井)鎮房によって築かれた。 宇都宮氏は、下野宇都宮氏の一族で鎌倉時代に豊前国仲津郡城井郷の地頭職となり、建久6年に宇都宮信房が豊前守護に任じられ、以後城井谷を本拠に豊前に勢力を誇っていた。

 戦国時代になると宇都宮鎮房は、大内氏・大友氏・島津氏と豊前を巡る勢力争いの中で巧みな処世術で勢力を保持していた。 天正14年の豊臣秀吉の九州征伐が始まると、島津氏に属していた鎮房は秀吉に降ったが、自らは病と称して嫡男朝房を参陣させた。 

 翌年、平定後に城井谷も含む豊前六郡は黒田孝高・長政父子に与えらえ、鎮房には伊予への転封を命ぜられた。 本領安堵されなかった鎮房は、移封を拒否して他の国人領主と共に叛旗を翻した。 その後、鎮圧されて和議を結ぶが中津城で黒田長政によって謀殺され宇都宮氏は滅亡した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR日豊本線築城駅〜バス/松丸
 車 : 東九州道築城IC〜県道237号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
豊前の名門国人宇都宮(城井)氏の居館。

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