紀伊 馬谷城



お城のデータ
所在地 和歌山県西牟婁郡白浜町富田字高瀬
遺 構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 吉田春秀 築城年代: 明応3年


見 ど こ ろ

 馬谷城は、草堂寺から富田坂登りり富田峠へと至る熊野古道を押さえた城だ。 比高は約50m程の山だが、東側を除く三方は急な斜面となった要害の地形となっていっる。

 馬谷城は、山頂部に主郭を置き、西側に二の曲輪、東側に三の曲輪を配置した縄張りとなっている。 遺構の見どころは、二の丸の北側から西側にかけて設けられている畝状竪堀群だ。 横堀と連結した竪堀群の遺構は、深さも傾斜角もありなかなか見応えがある。 また、三の曲輪西側にある尾根筋と城域を分ける二重堀切も一見の価値がある。

 馬谷城は、境目の城として築かれたため、規模自体は小さな城だが、その防備は過剰なほどに施され、境目の緊張度の高さが伝わって来るようだ。 


歴     史

 馬谷城は、明応3年に吉田春秀によって築かれた。 吉田氏は、安宅本城を拠点に勢力を誇った熊野水軍安宅氏の家臣であった。

 安宅氏と隣接する龍松山城主山本氏とは絶えず富田付近争いを繰り広げており、馬谷城築城の年には山本氏がこの馬谷城を攻めた馬谷合戦が行われるなど 馬谷城は安宅氏の境目の城として重要な城であった。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR紀勢本線白浜駅・紀伊富田駅〜バス/高瀬
 車 : 阪和道みなべIC〜国道42号線
駐車場: なし。(草堂寺の参拝者用無料駐車場を利用)


ひとくち MEMO
熊野古道を押させた安宅氏の境目のお城。
  • 馬谷城への道しるべ
    白浜方面から国道42号線を南下し、高瀬川を渡る手前を左折して高瀬地区へ。
    国道から町道へと入り、次の交差点を右折すると正面に草堂寺がある。 寺の駐車場に熊野古道の案内板があり、馬谷城の位置も記載されている。 草堂寺山門の右手から寺の石垣に沿って竹林の中を進む富田坂を登ると林道(熊野古道)に出る。 ここに馬谷城の案内板がある。 ここから坂道を下り、再度林道と交差するが、ここは左手熊野古道を登る。 約300m程進むと作業場があり、ここに馬谷場の案内板がある。 ここが登城口。

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