土佐 山田城



お城のデータ
所在地 高知県香美市土佐山田町楠目字中村
遺 構 曲輪、土塁、空堀、堀切
形 式 平山城 築城者: 山田氏 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 山田城は、最高所に一の曲輪を置き、大堀切を隔てて土塁に囲まれた二の曲輪、さらに南側に2段分かれた三の曲輪を配置した縄張りだ。 この三の曲輪下東西に空堀がある。 

 また、現在墓地となっている小曲輪の北側上に茶ヶ森と呼ばれる土塁・空堀を伴う三段に分かれた別曲輪があった。

 残念ながら、これらの遺構は町指定史跡になっているが保存状態は極めて悪く、ブッシュをかき分けて遺構を確認することになる。  


歴     史

 山田城の築城年代は定かではないが、戦国時代には土佐七守護の一つに数えられた山田氏代々の居城である。 この山田城を本城に雪ヶ峰城・烏ヶ森城などの支城群を築いていた。

 山田氏は、永正5年に本山養明らと共に岡豊城主長宗我部兼序を攻め滅ぼしてた。

 天文18年、再興なった長宗我部国親は、山田城を攻めて城主山田元義を滅ぼし、ついに父兼序の報復戦に勝利して山田氏の領土を併合した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR土讃本線土佐山田駅〜バス
 車 : 高知道南国IC〜国道32号線〜国道196号線
駐車場: なし。(鏡野中学校グランド脇付近に路上駐車)


ひとくち MEMO
雑木林と化した城山には遺構がよく残されている。
  • 土佐山田城の登城口
    山田城への道標は鏡野中学校だ。(グランド脇に標識がある。) 城の登城口は、ゴルフ練習場の東側(住宅地の中を迂回)から細い道が城山へと通じている。

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