阿波 徳島城



お城のデータ
所在地 徳島県徳島市徳島町
遺 構 曲輪、復元門、石垣、堀、庭園
形 式 平山城 築城者: 不明 築城年代: 永禄年間?


見 ど こ ろ

 阿波蜂須賀氏の居城。 近世城郭だけに阿波随一の規模を誇っている。

 徳島城表門の「鷲の門」が復元されている。 鷲の門を入ると、大手門の枡形虎口とこの城最大の櫓「太鼓櫓」の石垣が出迎えてくれる。 御殿跡に「徳島城博物館」があり、ここにある徳島城の復元模型にしばし見とれる。

 城山山頂部には、累々と石垣群が残り、また麓の居館部分には御殿跡に庭園が残る。 武骨な山頂部分と対照的な城である。

 徳島城の天守は、城山山頂の東二の丸に三層の天守があった。 天守台等遺構は、東二の丸には何も残っていない。

 山頂部本丸には、護国神社建っているが、城の遺構を見るなら本殿裏の本丸虎口の高石垣が見事。

 西二の丸・西三の丸までの一帯が山頂部の見どころスポッ ト。 草に覆われた石垣が、かつての戦国時代の徳島城の姿を彷彿とさせてくれ、お城めぐりファン必見の場所だ。


歴     史

 元々徳島城のある地には、城山に渭山城があり、永禄年間には森高次が居城していた。

 天正10年、長宗我部元親が阿波を平定して、吉田康俊を城代としている。

 天正13年、阿波一国18万石を与えられた蜂須賀家政は、播磨龍野5万石から一躍、一国の主となる。

 最初、一宮城に入るが、秀吉の命で渭山に築城した。 この築城は、豊臣政権下の天下普請で、小早川隆景や長宗我部元親などが手伝い役を命じられている。

 家政の嫡男、蜂須賀至鎮は、大坂の陣の戦功により淡路一国8万石を加増され、阿波・淡路両国257,000石を領した。 その後、蜂須賀氏は、14代に渡って阿波の地を治めて明治に至った。


お城へのアクセス
鉄 道: JR高徳線徳島駅〜徒歩5分
 車 : 神戸淡路鳴門道鳴門IC〜国道11号線
駐車場: JR徳島駅東側に有料駐車場多数あり。


ひとくち MEMO
豊臣政権の天下普請で築かれた阿波の本城。

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