三河 田原城



お城のデータ
所在地 愛知県田原市田原字巴江
遺 構 復元櫓、復元櫓門、石垣、堀、曲輪
形 式 丘城 築城者: 戸田宗光 築城年代: 文明12年


見 ど こ ろ

 田原城は、蔵王山麓の台地を利用して築かれた城だ。 戸田氏の築城当時の田原城は、本丸・二の丸部分の小規模な城であったが、現在でも巴江神社境内となっている本丸周辺では中世城郭の様相を今に伝えている。 

 近世城郭部分が二の丸・三の丸辺りだと云えよう。 二の丸部分には、歴史博物館があり渡辺華山を中心に資料が展示されている。 その隣りにのっぺりとした感じのする二重櫓が復元されている。 櫓門の桜の門と三の丸城壁が水堀に映り、小さいながらも風情のある城だと思う。 


歴     史

 田原城は、文明12年に戸田宗光によって築かれた。 戸田氏は、田原を拠点に渥美半島統一を目指して勢力を拡大する。

 しかし、天文16年に戸田康光・堯光父子が、今川氏へ送られる松平竹千代(徳川家康)を強奪して織田氏へ送ってしまったため、今川氏に攻められ没落する。 その後、渥美半島一帯は今川氏の領有となり田原城代が置かれた。

 永禄8年、家康の家臣本多広孝が攻略した。 天正18年、本多康重が家康の関東移封に従い上野白井2万石に転じ、天正18年に池田輝政が吉田城主になると、家老伊木忠次に命じて近世城郭へと修築させた。

 池田氏転封のあと、旧主戸田尊次が1万石で先祖伝来の地に返り咲く。 寛文4年、三宅康勝が三河挙母佐久良城)から12,000石で入封し、以後三宅氏が代々城主として明治を迎える。  江戸末期の著名人である渡辺崋山は、11代三宅康直の家老であったことはあまり知られていない。


お城へのアクセス
鉄 道: 豊橋鉄道渥美線三河田原駅〜徒歩約10分
 車 : 豊川IC〜国道151号線〜国道1号線/豊橋〜国道259号線
駐車場: 歴史博物館の無料駐車場(50台)を利用。


ひとくち MEMO
桜の門と三の丸城壁が水堀に映り、小さいながらも風情のあるお城。

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