信濃 龍岡城



お城のデータ
所在地 長野県佐久市田口字竜岡
遺 構 曲輪、櫓、石垣、堀
形 式 平城 築城者: 松平(大給)乗謨 築城年代: 文久2年


見 ど こ ろ
   

 龍岡城は、田野口藩大給松平氏は城持大名ではないので、正式には田野口陣屋だが、幕末に築かれた「西洋式縄張りの城」だ。 幕府が築いた函館五稜郭と同じ時期に築城され、小振ながらも立派な五稜郭だ。

 龍岡城の縄張りは、十字砲火が可能な星形の稜堡式で、五稜郭への虎口は4ヶ所(大手門・通用門・黒門・穴門)が設けられ、大手門には櫓門が築かれたようだ。

 しかし、周囲を巡る堀は北・東・南の三稜には堀が巡らされ、黒門から穴門にかけての部分は、堀も未完となっていて、虎口も穴門形式で他の虎口とは大きく異なる。

 西洋式の縄張りで特徴でである砲台は、現在小学校校庭隅に移されいる台所裏手の西南隅に砲台が設けられていた。 

  また、JR龍岡城駅に向かう道路脇に枡形虎口の石垣が残っている。 このことから、城の中核部分は洋式で外郭部部分は日本式の縄張りの城であるこ とが分かる。


歴     史
(城内に残る台所)

 龍岡城は、文久2年に松平(大給)乗謨によって築かれた。 松平氏は、宝暦年間より信濃佐久で12,000石と三河奥殿で4、000石を領し、三河を本拠にして、佐久に采知陣屋を置いていた。

 松平乗謨は、当時老中格・陸軍総裁を務め、蘭学に通じ西洋築城技術にも詳しかった。 幕府に所領の多くが佐久郡にあることを理由に居所の移転を申請し許可を得て信濃田野口へと移した。

 元治元年から築城を開始し、慶長3年に御殿が完成して龍岡城と称するが、数年の内に明治となり廃城となる。 よって堀など未完部分がこのような理由によって残ってしまった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR小海線龍岡城駅〜バス/龍岡城五稜郭
 車 : 中部横断道佐久臼田IC〜県道121号線〜県道120号線
駐車場: 龍岡城の無料駐車場(10台程度)を利用。


ひとくち MEMO
小振ながらも立派な五稜郭のお城。

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