大隅 垂水松尾城



お城のデータ
所在地 鹿児島県垂水市新城字麓
遺 構 曲輪、空堀
形 式 山城 築城者: 伊地知氏 築城年代: 応永年間


見 ど こ ろ

 松尾城は、半島状のシラス台地に築かれた城だ。 松尾城の碑があるところから民家の間の細い道を入り、すぐ左手へ曲がって山道を登る。 途中、ミカン畑の間を縫うように進み、登り詰めたところが松尾城だ。

 現在の松尾城は、山頂部の果樹園も城の曲輪の一部と思われるが、果樹園の西側裏手の雑木林の中に空堀と曲輪が連なっているとか。 密集した雑木林の中へ分け入って見るが、あまりのブッシュにあえなく撤退。 空堀は確認できなかった。

 麓の新城島津氏の居館跡には今も石垣が残っていて、居館の前の細い道が馬場であったと云われている。


歴     史

 垂水松尾城は、応永年間に垂水本城を居城とする伊地知氏によって支城として築城された。

 伊地知重興は、高山城主肝付氏と婚姻関係を結び島津氏に敵対したため、元亀3年島津義久は垂水に攻め入り、天正2年に入船城落城と共に伊地知氏も島津氏に降った。

 江戸時代になり、垂水島津久信の子久章が寛永13年に分家して松尾城の麓に居館を建て新城島津家を興した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR指宿枕崎線南鹿児島駅〜南海便船(垂水港)〜バス/新城麓
 車 : 東九州道国分IC〜国道220号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
ミカン畑裏の雑木林の中には曲輪が隠されているお城。
  • 松尾城の登城口
    新城麓の国道220号線に小さな道しるべがあり、山手に向かって50m程入ると新城島津氏の居館があり、この居館から更に100m程直進すると道路脇に松尾城の碑が建てられている。 ここが松尾城の登城口だ。 ただし、登城口から松尾城までの登城道については現地の方に一声かけて教えて貰った方が無難だ。

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