美濃 鷹撃谷城



お城のデータ
所在地 岐阜県恵那市大井町野畑城の欠
遺 構 土塁、空堀
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 鷹撃谷(たかちや)城は、阿木川右岸の河岸段丘を利用して築かれた城だ。 この城は、「大井城」との呼ばれ標柱も立てられているが、近くにある大井小学校が大井城跡で、こちらの方が支城。 区別するために、もう一つの呼び名「鷹撃谷城」とした。
 
 城は、砦規模の小さな城であったようだ。 現在は、住宅地となっていて、その一角が畑地がある。 この畑の北と西側に土塁が残り、西側には空堀がある。 標柱は、土塁の上。


歴     史

 鷹撃谷城は、築城年代や築城者については定かでない。 戦国時代に岩村城主遠山氏が恵那郡内に勢力を拡大し、大井城に重臣藤井宗常を城将として置き、城を修築した。 この時、鷹撃谷城には、宗常の弟藤井常守が城将として入った。

 大井城の支城として機能していた鷹撃谷城は、天正元年の武田氏による大井城攻略と修築、天正3年の織田信忠による東濃奪回戦と武田・織田の攻防の舞台となり、大井城と運命を共にしたと考えられている。


お城へのアクセス
鉄 道: JR中央本線恵那駅〜徒歩約10分
 車 : 中央道恵那IC〜県道68号線〜県道66号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
畑の周りには今も土塁が残っているお城。

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