淡路 洲本城



お城のデータ
所在地 山上  兵庫県洲本市小路谷
山下  兵庫県洲本市山手1丁目
遺 構 曲輪、模擬天守、石垣、堀
形 式 平山城 築城者: 安宅治興 築城年代: 大永6年


見 ど こ ろ

 洲本城は、大浜公園側の政庁として築かれた平城、背後の三熊山に築かれた山城と、2つの顔がある。 城としての魅力的なのは、やっぱり山城の洲本城 だ。

 車でも山頂大手門までは行けるが、大浜公園前のホテル脇から登山道を約20分かけて登るルートがお奨め。 途中、削平地や山頂部まで幾重にも築かれた登り石垣を見ることが出来るからだ。

 三熊山の山頂には、総石垣造りの本丸・東の丸・南の丸等の曲輪が、 はっきりと残っている。 特に、本の丸南側の虎口と大石段、本丸西側の高石垣が見事だ。

 天守台の上には、天守閣風の展望台が建てられている。 この天守台に続く櫓台上からは、大阪湾を一望でき、その見晴らしは抜群だ。


歴     史

 大永6年、安宅治興が三熊山に築城した。 天正9年、安宅清康は、羽柴秀吉・池田元助によって由良城(古城)を攻められ降伏、その時に洲本城も開城した。

 天正10年、仙石秀久が入り、天正13年に脇坂安治が城主となった。 脇坂氏により洲本城は大修築された。 慶長14年、安治は伊予大洲へと移封となり、慶長15年には池田忠雄が63,000石で入封した。

 元和元年、池田忠雄は兄忠継の養子となって備前岡山城主となり、淡路一国は大坂の陣の功により、阿波徳島城主の蜂須賀至鎮に加増された。

 蜂須賀氏は、寛永12年、淡路の拠点を由良城(成山城)から洲本城へ移し、城下町を形成させた。
 洲本城代には、稲田示稙が任命されて以来、江戸時代を通じて、代々稲田氏が城代を務めた。 


お城へのアクセス
鉄 道: 大阪・神戸三宮から淡路交通高速バスで洲本行き終点
 車 : 神戸淡路鳴門道洲本IC〜国道28号線
駐車場: 山頂部大手門跡脇(馬屋曲輪跡)が無料駐車場。(約20台)


ひとくち MEMO
大手門まで車で登れるが、登り石垣を見るには徒歩で登るのが一番。

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