石見 周布城



お城のデータ
所在地 島根県浜田市周布町
遺 構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 周布兼定 築城年代: 文永年間


見 ど こ ろ

 周布城は、高野丘陵の先端にあたる鳶巣(とびのす)山に築かれた城だ。 周布地区の東南隅にある聖徳寺の裏にある小丘だ。
 大手筋は鳶巣山の南麓にある聖徳寺東側の墓地あたり。 もっともここからの登城は無理。 寺の西側にある周布氏墓地裏から谷筋から太鼓楼まで直登を試みたが、あまりのブッシュの前に登城を断念。

 資料に拠れば、周布城は最高所に主郭を置き、周囲を曲輪で囲んだ縄張りで、西南の尾根に二本の堀切を設け、東側の尾根筋から北西側にかけては、堀切・土塁を築き、さらに堀切りの北には連続した竪堀を築くなど防禦を固めているとか。 もっともこれらの曲輪などは全てブッシュの中か・・・。


歴     史

 周布城は、文永年間に周布兼定によって築かれた。 安貞2年に益田兼季の子兼定が周布の地頭職を分知され、以後周布氏の居城であった。

 周布氏は、南北朝時代には南朝方に与し、惣領家の七尾城主益田氏と戦い、戦国時代になるとは、戦国時代になると、元亀元年毛利氏に攻められて落城し、以後毛利氏に臣従した。 慶長5年、毛利氏が長門萩へと移ると城主周布長次も毛利氏に従って萩へと移った。


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陰本線周布駅〜徒歩約15分
 車 : 浜田道浜田IC〜国道9号線〜県道305号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
大堀切も曲輪も全てブッシュの中に埋もれてしまったお城。

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