淡路 志知城



お城のデータ
所在地 兵庫県南あわじ市志知字松本
遺 構 曲輪、堀
形 式 平城 築城者: 菅 道忠 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 志知城は、現在本丸と二の丸の在ったところが、畑と雑木林のなっていて、その一部が一応整備され、石碑と案内板が建てられていた。

 城の遺構は、本丸の櫓台跡(草と雑木に覆われていたので未確認)があり、主郭部の周囲には幅約15m程の堀が今も水をたたえている。 

 また、松本の集落の中にも一部であるが外堀残っていた。 尚、城跡はちょっと判りづらいところである。 目印は伊勢明神社と送電線の鉄塔。


歴     史

 築城年代は定かではないが、鎌倉時代にこの地の豪族菅道忠によって館が築かれた。 菅氏は、室町時代に淡路守護細川氏に従い、菅実邦のときに野口姓を名乗った

 戦国時代になると、野口氏は阿波三好氏に従っていたが、天正9年に羽柴秀吉の阿波侵攻によって志知城は開城し、城主野口長宗は阿波にさった。

 天正13年、秀吉は淡路洲本に脇坂安治、志知城に加藤嘉明を配し、安宅・野口(菅)に替わって淡路水軍の整備を行わせた。

 文禄4年、城主加藤嘉明が伊予松前に移り、豊臣氏直轄領となった時、代官石川紀伊守は叶堂城を築き、志知城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: 淡路交通バス/洲本〜志知 or 松美橋
 車 : 神戸淡路鳴門道西淡三原IC〜県道31号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
農村と畑の中に残るお城。

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