下野 稲積城



お城のデータ
所在地 栃木県那須烏山市下境字外堀
遺 構 曲輪、土塁、空堀
形 式 平城 築城者: 那須資通 築城年代: 天仁2年


見 ど こ ろ

 稲積城は、下境地区西側の小高い台地に築かれた城で、現在は稲積神社境内、水田、住宅地となっている。

 城の北端が稲積神社で、神社参道が矢場と呼ばれ、参道に沿って土塁が残り、鳥居脇に標柱が立てられている。 神社から外城・下館・中城・実城と小字名があり、連郭式の曲輪があったと思われ、それぞれの小字内を散策すると土塁や堀跡が残存してた。


歴     史

 稲積城は、天仁2年に那須氏2代資通が築いた説と永万元年に那須氏6代宗資が築き神田城から移った説と二説ある。

 その後、応永21年に那須宗家資之と弟の沢村城主資重が不和となり、資之が沢村城を攻めた。 資重は、興野館から稲積城へと逃れた。 応永25年に烏山城へと移り、福原城主の兄資之を上那須氏、資重が下那須氏を称して那須氏は上下に分裂した。

 資重移城後、稲積城へは本庄広泰が入り、以後天正18年に那須資晴が改易となるまで本庄氏の居城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR烏山線烏山駅〜バス/下境
 車 : 北関東自動車道宇都宮上三川IC〜国道4号線〜県道10号線〜県道27号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
稲積神社から南を見れば、いたるところに土塁が点在している・・・。

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