薩摩 吉田城



お城のデータ
所在地 鹿児島県鹿児島市東佐多浦町城内
遺 構 曲輪、空堀、土塁
形 式 山城 築城者: 応永5年 築城年代: 吉田清正


見 ど こ ろ

 吉田城は、本名川と思川によって挟まれた小山が連続する丘陵上に築かれている。

 吉田城は、東北から西南にかけての尾根筋の最高所に本丸を置き、三本の尾根筋に松尾城・中之城・田代城・尾之城などの10以上の曲輪が配置された大規模な連郭式縄張りとなっている。

 現在、田代城南側は土砂採取のため赤肌の地形となっていて、落ちずれた時、登城道は深い草に埋もれていて道の存在すら怪しげであった。 大手口のところに縄張り図付の案内板があり、横に島津歳久招聘碑が建てられていた。 


歴     史

 吉田城は、別名松尾城とも呼ばれ、応永年間に吉田清正によって築かれた。 吉田氏は、その後5代に渡って居城した。

 永正15年に島津忠隆によって攻められ落城、城主吉田位清は落ち延びる途中で討たれ吉田氏は滅亡した。

 その後、永禄5年に島津歳久が城主となり蒲生城主蒲生氏に備えとなった。 享禄2年、天文18年などにもこの城をめぐって攻防が繰り返された。 天正8年に歳久は祁答院へ移り島津宗家直轄領となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線鹿児島中央駅〜バス/城内
 車 : 九州道姶良IC〜県道57号線〜県道25号線
駐車場: なし。(大手門前に駐車スペースあり)


ひとくち MEMO
島津歳久が18年間居城したお城。

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