河内 三箇城



お城のデータ
所在地 大阪府大東市三箇5丁目2
遺 構 なし。
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 三箇城は、飯盛山城の西の守りを固める支城であった。 現在の地形から想像もつかないが、往時は湿地帯に浮かぶ三つの島を利用して築かれていたとか。

 城の遺構は何も残っていないが、三箇菅原神社の鳥居脇に城の石碑が建てられていた。

 この城の歴史で興味深いのが、京都から逃れてきたビレラやフロイスが滞在し、その間にフロイスはローマに「教会は水に囲まれた小さい島にある」と報告しているとか。


歴     史

 三箇城は、築城年代や築城者については定かでない。 永禄4年に紀伊に逃れていた河内守護畠山高政が飯盛山城の三好長慶を攻めるべく攻め寄せ、この時三箇城は畠山勢に攻め落とされた。 

 永禄5年、城主三箇頼照はキリスト教の洗礼を受けサンチョと称した。 天正10年の本能寺の変で城主三箇氏は明智光秀に与したため滅亡した。 その後、白井氏の城となるが、天正15年の秀吉のキリスト教禁令後、教会と共に廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR学研都市線野崎駅〜徒歩約15分
 車 : 近畿道門真IC〜国道163号線〜国道170号線
駐車場: 三箇菅原神社の参拝者用無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
フロイスがローマに「水に囲まれた小さい島にある・・・」と報告されたお城。

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