摂津 三田陣屋



お城のデータ
所在地 兵庫県三田市屋敷町
遺 構 移築門、堀
形 式 陣屋 築城者: 九鬼守隆 築城年代: 寛永11年


見 ど こ ろ

 陸に上がった水軍の城、これが三田陣屋。 陣屋ではあるが、どうしてどうして、規模は小さいが小高い丘の上に築かれた城である。

 陣屋跡は、本丸が三田小学校(ここに三田城址の石碑と縄張り図のある案内板がある)、二の丸が県立有馬高校の敷地となっている。 本丸と二の丸の水濠、二の丸東側の空堀がが残っている。

 建物の遺構としては、金心寺(小学校から西に徒歩10分)に下屋敷表黒門が移築されている。


歴     史

 天正10年、豊臣秀吉の臣、山崎片家が23,000石を領して三田城入封。 慶長5年、関ヶ原後に山崎家盛は因幡若桜へと転封になり、その後、有馬・松平氏と城主は替わった。

 寛永11年、鳥羽城主九鬼守隆が死去すると、家督相続をめぐってお家騒動が起き、これに乗じて幕府は、伊勢湾の制海権を九鬼水軍から取り上げるため、九鬼氏を三田と綾部の二家に分け、守隆の次男久隆を鳥羽から三田36,000石に移した。

 三田に入封した久隆は、城主の格式であったが、元和一国一城令後のことでもあったため、有馬法印則頼が築いた車瀬城の跡に陣屋を築いた。 
 山間の三田に移った九鬼水軍の頭領九鬼氏は、その後13代続いて明治に至った。


お城へのアクセス
鉄 道: JR福知山線三田駅〜徒歩10分
 車 : 中国道神戸三田IC〜県道95号線〜県道720号線〜市道
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
海賊九鬼氏が山間の盆地に移封され池で水軍の訓練をしたとか。
  • 三田陣屋門の移築先
    金心寺  兵庫県三田市天神3丁目

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