筑後 酒見城



お城のデータ
所在地 福岡県大川市酒見
遺 構 なし。
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 酒見城は、大川看護福祉専門学校のちょうど北側にある納骨堂と墓地となっている一帯に築かれていた。 榎津城と同様に花宗川の水利を使用した城であったと思われ、墓地の辺りは周囲より一段高くなった地形となっている。 

 納骨堂前にある城の案内板によると、立花氏支配の頃には本丸・二の丸・馬場などの曲輪を備えた城であったとか。


歴     史

 酒見城は、築城年代や築城者は定かではないが南北朝時代には既に城があったようだ。 天正8年、龍造寺隆信が豊後大友に備えて鍋島信生(後の鍋島直茂)を酒見城代として守らせた。

 天正15年、秀吉による九州平定の後、柳川城主立花宗茂の持城となり由布美作が城代となった。
 慶長5年、田中吉政が筑後一国に封じれた時、酒見城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: 西鉄天神大牟田線柳川駅〜バス/酒見
 車 : 九州道八女IC〜国道422号線/宮内〜県道710号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
龍造寺氏の筑後侵攻の拠点となったお城。

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