紀伊 龍松山城



お城のデータ
所在地 和歌山県西牟婁郡上富田町市之瀬
遺 構 曲輪、土塁、空堀、竪堀
形 式 山城 築城者: 山本忠継 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 龍松山城は、富田川に面した城山の山頂部に築かれた城だ。 城までは、登城口から舗装された林道が整備されていて、車で城跡まで登ることができる。

 龍松山城は、山頂部を同心円上に2段に削平したような縄張りで、本丸の周囲には土塁が廻らされ、また、下の段の二の丸虎口付近にも土塁が残っている。 

 下草の少ない季節しか見るのは難しいかもしれないが、二の丸の東側斜面には、二重の堀切と竪堀が残っていて、なかなか見応えがある。


歴     史

 龍松山城の築城年代には諸説があるが、山本忠行が地頭職としてこの地に入り、一乗寺に政所を置き、龍松山に城を築いた。 2代忠継が城を修築した。

 天正13年、豊臣秀吉の紀州征伐は南紀にも及び、杉若越後守を大将に3,000の兵で龍松山城を攻めた。 城主山本康忠は、総勢300人で約3ヶ月に渡って豊臣勢と戦うが、結局和議を結ぶことになった。

 天正14年、山本康忠は豊臣秀長を大和郡山城に訪ね、その帰路に藤堂高虎邸て暗殺された。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR紀勢本線紀伊田辺・朝来駅〜バス/紀伊一乗寺
 車 : 阪和道みなべIC〜国道42号線〜国道311号線
駐車場: 龍松山城二の丸が駐車場スペースとなっている。


ひとくち MEMO
二重の堀切と竪堀が見事に残っているお城。

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