近江 新庄城



お城のデータ
所在地 滋賀県高島市新旭町新庄
遺 構 曲輪、土塁
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
(大善寺の遺構)

 新庄城は、現在の新旭南小学校の南側から国道161号線高島バイパスを挟んで東側の綾羽工業高島工場一帯に築かれていた。

 道路の建設時に行われた発掘調査では、石列や土塁遺構が出土したとか。 小学校南側の道路脇に案内板が立てられている。

 また、小学校西側の集落にある大善寺境内から東側の水田を囲む様に土塁の遺構が残る。(大善寺の遺構) この遺構も新庄城の一部であると寺の山門前にある案内板に記載されていた。


歴     史

 新庄城は、築城年代や築城者については定かでないが、高島(佐々木)氏の居城清水山城の支城として築かれ、高島氏一族の新庄実秀が居城した。 永正年間には浅見俊孝、永禄年間には多胡久秀・定信が城主であった。

 天正元年に浅井氏を滅ぼした織田信長は、高島郡を浅井氏の旧臣磯野員昌に与えた。 員昌は新庄城を居城にし、信長の甥の津田信澄を養子に迎えた。 天正6年に信澄への家督相続を拒否した員昌は信長により追放され信澄が城主となった。 信澄は、大溝城を新たに築いて移り、新庄城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR湖西線新旭駅〜バス/南小学校前
 車 : 名神京都東IC〜湖西道路・国道161号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
浅井氏滅亡後、磯野員昌が高島郡支配の拠点としたお城。

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