近江 法華寺跡遺構



お城のデータ
所在地 滋賀県長浜市木之本町古橋
遺 構 曲輪、石垣
形 式 城郭寺院 築城者: 行基 築城年代: 神亀3年


見 ど こ ろ

 法華寺は、「室町時代には僧坊百二宇の大寺院であった」とそうだが、かつての本堂があった伊波太岐神社まで一直線に登る参道の石段の両側には随所に石垣が築かれた幾つもの僧坊跡が良く残っていた。 僧坊の一つ一つを曲輪と考えると、とてつもなく大規模な中世城郭であると云えるだろう。

 古橋の地は石田三成の母岩田氏(瑞岳院)の里でもあり、幼少の頃に勉学のため三成は法華寺三珠院に起居し、浅井氏滅亡後に領主となった秀吉に見出されるきっかけとなった「三献の茶」の舞台となった。(米原市の観音寺とする説もある) 

 慶長5年に関ヶ原の合戦に敗れた石田三成は、古橋の地を目指して落ち延び一時法華寺三珠院に身を寄せている。 その後、山中の岩窟に身を隠したが田中吉政より捕縛さてた。


歴     史

 法華寺は、奈良時代の神亀3年に行基によって創建された鶏足寺の別院として建立され、室町時代には己高山五箇寺の一つとして僧坊百二宇の大寺院であった。

 戦国時代には小谷城主浅井氏三代の帰依深く、浅井氏滅亡後も豊臣秀吉・徳川家康によって庇護され格式を誇っていたが、明治の廃仏毀釈により廃寺となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR北陸本線木之本駅〜バス/古橋
 車 : 北陸道木之本IC〜国道8号線〜県道281号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
室町時代には僧坊百二宇を誇った大寺院。

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