尾張 大草城



お城のデータ
所在地 愛知県知多市大草(大草公園)
遺 構 模擬櫓、曲輪、土塁、堀
形 式 平山城 築城者: 織田長益 築城年代: 天正年間


見 ど こ ろ

 大草城は、現在大草公園として整備され、二層の模擬天守(展望台)が本丸の一角に建てられている。 大草城の本当の見どころは、本丸・二の丸を囲む堀、約4メートルほどの高さの本丸東側と二の丸東側から西側にかけて残っている土塁なのだ。

 大草城は、本丸を南部の高所に置き、本丸の北側に二の丸、更にその北側に三の丸を配置し、周囲を2重の堀で囲った梯郭式縄張りだ。

 大草城は、「未完の城」とも言われている。 なるほど訪れてみると本丸南側が急な斜面となり、その外側には堀が設けられているが、他方面の縄張に比べれば非常に手薄な感じがする。 城から南300メートルの所を流れている矢田川を外堀としていたとも思うが、南側にもう1〜2曲輪があってもよさそうだ。 


歴     史

 天正10年、織田信長が京都本能寺で明智光秀によって討たれたのち、織田信雄が清洲城主となって尾張・北伊勢を領した。 これに伴い、信雄の叔父織田長益(有楽斎)がこの地を領してた。

 長益は、最初は佐治氏居城、大野城(宮山城)に入ったが、水利が悪いため、大草城を築いた。 小牧・長久手の合戦後、長益は摂津へ所領を移され、大草城は廃城となった。

 しかし、廃城後も尾張知多郡の主城として重要視され、江戸時代には尾張藩によって城跡の保存が図られ、近世末期まで土居や堀が残された。


お城へのアクセス
鉄 道: 名鉄常滑線大野町駅〜徒歩約10分
 車 : 知多半島道路阿久比IC〜県道46号線/草木〜県道259号線
駐車場: 大草公園の無料駐車場(約5台程度)を利用。


ひとくち MEMO
尾張知多郡の主城とされた「未完のお城」

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