美濃 大垣城



お城のデータ
所在地 岐阜県大垣市郭町
遺 構 復元天守、櫓、門、石垣、曲輪
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 大垣城の縄張り図を見ると、本丸と二の丸を並郭式に配置し、そのまわりを輪郭式に水郷を思い浮かべるように、幾重にも水堀が巡らされているが、今では殆どの堀が埋め立てられ、本丸(大垣公園)に一部が残っているだけだ。

 本丸には、戦災で焼けた四層四階の天守が再建さ れて、その他に東門・多聞櫓・艮櫓・乾櫓も復元されている。


歴     史

 大垣城の築城については竹腰尚綱が明応9年に築いた説と宮川安貞が天文4年に築いた説の2説がある。

 永禄6年、氏家直元はそれまで本の丸・二の丸だけであった城を大規模に拡張し、慶長元年に城主となった伊藤祐盛が天守を築いた。

 関ヶ原の役では、西軍の拠点となり、関ヶ原以後、大垣城主は、目まぐるしく替わる。 

 石川・松平(久松)と替わり、寛永元年には岡部長盛が丹波福知山から入る。 寛永10年には岡部宣勝が播磨龍野へ、その後に山城淀から松平定綱が入るが、まもなく伊勢桑名へと移る。 いかに大垣城が幕府にとって重要な城の一つかわかる。 

 元和12年、摂津尼崎より戸田氏鉄が10万石で入封てやっと安定する。 以後戸田氏が11代続いて明治に至った。


お城へのアクセス
鉄 道: JR東海道本線大垣駅〜徒歩約10分
 車 : 名神大垣IC〜国道253号線
駐車場: 大垣公園周辺の有料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
四層四階の天守が復元されているお城。

岐阜県のお城
一覧表へ
トップページへ 大垣市のHPへ

東海のお城
静岡県愛知県岐阜県三重県