近江 信楽小川城



お城のデータ
所在地 滋賀県甲賀市信楽町小川字和田
遺 構 曲輪、土塁、石垣、門跡
形 式 山城 築城者: 鶴見伊予守 築城年代: 嘉元3年


見 ど こ ろ

 小川地区を流れる中手川を挟んで東に小川城・中ノ城、西に小川西ノ城が築かれている。 主城の小川城へは標識に従って林道を歩くこと約30分。 きれいに整備された山頂の城跡に着く。

 小川城は、山頂部一帯を利用して築かれ、主郭部には3つの曲輪がある。 主郭部の表口は左右に土塁が築かれ、その正面に「力石」がある。 この虎口の右側は三角点のある最高所で物見台であっただろうと思われる。

 虎口左側は、周囲を土塁に囲まれた曲輪があり、北側の土塁下部に石垣が一部見られる。 この曲輪の東側には城内で一番広い曲輪があり、ここも周囲を低い土塁が廻らされている。 小川城の標柱脇から堀切と土塁が残る出丸を経由して、小川中ノ城へと降りることができる。 


歴     史

 小川城は、嘉元3年に鶴見伊予守によって築城されたとされているが、小川俊盛によって築かれたとの説もあり、築城年代・築城者については定かではない。

 戦国時代、小川城は多羅尾氏が城主となり、信楽一帯の盟主として勢力を誇ったが、文禄4年に豊臣秀次事件に連座し改易され、小川城は廃城となった。
 
 その後、慶長5年に多羅尾氏は徳川家康から1,500石を与えられ、旗本として代々天領代官(多羅尾陣屋)を世襲して明治に至った。 天正10年、本能寺の変で三河へ帰る徳川家康が、この小川城で一夜を明かしたと云われている。 


お城へのアクセス
鉄 道: 信楽高原鉄道信楽駅〜バス/小川口
 車 : 新名神信楽IC〜国道307号線/信楽〜県道138号線
駐車場: なし。(林道の途中に2台程度の駐車スペースあり。)


ひとくち MEMO
緩やかな林道をハイキングすれば綺麗に整備されたお城に行ける。

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