常陸 小田城



お城のデータ
所在地 茨城県つくば市小田
遺 構 曲輪、土塁、堀
形 式 平城 築城者: 八田知家 築城年代: 鎌倉時代初期


見 ど こ ろ

 小田城は、南北朝時代に北畠親房がこの城で『神皇正統記』を著したことで有名だ。 城跡は現在国指定史蹟となっている。

 本丸一帯が公園となっているが、本丸中央を関東鉄道の路線(今は廃線となっている)によって分断されているが、方形の本丸の周囲を幅の広い堀が取り囲んでいる。

 城の規模は大きく、資料によると本丸・二の丸を多くの曲輪が取り囲み、城の北側の山の上にも曲輪を配置した縄張りであったとか。

 城の遺構としては、本丸の各所に土塁が残り、幼稚園脇の道が馬出の跡とわかる痕跡が今も残っている。 


歴     史

 小田城は、鎌倉時代初期に八田知家によって築き、後小田氏を称して、常南の地に勢力を誇った。

 南北朝時代には、小田治久は南朝方の中心勢力となり、北畠親房を小田城に招き、北朝勢力と戦った。 暦応6年、足利尊氏の重臣高師冬に攻められ、治久は降伏した。

 戦国時代、小田氏治は佐竹義昭・義重、上杉謙信等争い、小田城の争奪戦を繰り広げている。 永禄12年、片野城主太田資正によって攻められ落城、城は佐竹氏の持ち城となり太田資正が城代となった。 その後、小田原の役以後城は廃城となった。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR常磐本線土浦駅〜バス
 車 : 常磐道土浦北IC〜国道125号線
駐車場: なし。(本の丸内に駐車スペース5台程度あり)


ひとくち MEMO
南北朝時代に北畠親房が『神皇正統記』を著したお城。

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