若狭 後瀬山城



お城のデータ
所在地 福井県小浜市伏原
遺 構 曲輪、石垣、土塁、堀切、空堀
形 式 山城 築城者: 武田元光 築城年代: 大栄2年


見 ど こ ろ

 ちょうどJR小浜駅裏西側にある山が後瀬山。 国道27号線のトンネルが後瀬山の下を貫通している。 城跡への登城道はトンネル東側入口の脇にある小さな神社(八幡神社)から山頂へと通じている。

 滑りやすく、かなり急峻な登城道を登ること約20分程で広い削平地に出る。(ここまでにも木々で覆われているが小さな削平地が幾段も続いている) この削平地と主郭との間には堀切がはっきりと残っている。

 山頂の主郭部は三段に分かれていて、2段目と3段目が周囲に石垣が築かれている。 特に山頂の3段目北側に残る石垣が良く残っている。 この石垣の上に立つと、急な斜面の下には空堀とその向こうに連なる曲輪群も見ることが出来る。

 お城ファンならば、曲輪・石垣・土塁等を見て大満足間違いなし。 ただし、山頂からの見通しはすこぶる悪い。 眺めを期待して登ると確実に裏切られる。(念のため・・・)  


歴     史
(現地案内板より)

 大永2年、若狭守護武田氏の6代目元光が築城した。 武田元光−信豊−義統−元明と続くが、その勢力は衰退の一途をたどる。 その間に高浜城主逸見昌経らの反乱、越前朝倉氏の侵攻があり、ついに永禄12年武田元明は越前に捕らわれの身となり、若狭武田氏は事実上滅亡した。

 天正4年、丹羽長秀は織田信長から若狭10万石を与えられ、後瀬山城に入り、領内の反勢力を一掃した。 天正13年には丹羽長重が居城した。 その後、浅野長政、木下勝俊が城主となった。

 慶長5年、関ヶ原の戦功により京極高次が85,000石で入封する。 高次は、当初後瀬山城を居城とするが、小浜城を築城すると居城を移し、後瀬山城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR小浜線小浜駅〜徒歩300m(登り口)
 車 : 舞鶴道東舞鶴IC〜府道28号線〜国道27号線
北陸道敦賀IC〜国道27号線
駐車場: 登城口前の神社境内に駐車スペース5台程度あり。


ひとくち MEMO
若狭守護武田氏の居城。
  • 後瀬山城の登城口
    JR小浜駅から陸橋を渡って駅裏へ。 陸橋を降りると保育園があり、そこから線路に沿って右手(西側)へ道なりに進むと国道27号線にでる。 国道をトンネル方向に進み、一つ目の信号を右に曲がる。 すぐ左手に神社が見える。 後瀬山城の案内板も目にはいるよ。 後は石段を登り、細く直登する道をひたすら登るだけ。 車の方は、トンネル手前の交差点(後瀬山東)を海方向に曲がること。

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